「…663回…」 頬を雫が伝い、落ちた。 ミーが受けた不幸の数。それが663回目を迎えた。 ヘルリングを所持している者にだけ見える表示が、黒くぼんやりと浮かび上がっていた。 「…ベル先輩…」 戦いが終わった。 何人もの死人を出し、大勢のマフィア達を悲しめた戦いが、終わった。 過去からやってきたボンゴレ達は告げた。 ”俺達は、白蘭を倒して未来を変える”と。 それを聞いた瞬間、不安が頭の中を過った。 未来が変われば、死んだ人達も帰ってくる? そうなってしまえば、きっと死んだアルコバレーノも帰ってくるのだろう。 つまり、ミーはここに要らなくなってしまう。 ヴァリアーから、消えてしまうのかもしれない。 もしかしたら、この世界から消えてしまう…なんてこともあるのだろうか。 ポーカーフェイスの裏に隠した不安は、誰にも話せず、じわじわとミーの心を侵食していった。 ミーは、皆の記憶から消えてしまうのだろうか。 ”嫌だ、消えたくない。忘れないでほしい。” もう、会えないのだろうか。 ”まだ、そばにいたい。” …嗚呼、我儘ばかり。 ミーも大概、人のこと言えませんね。 溢れた不安は、涙となって翡翠色の瞳から零れ落ちた。 それから、ずっと不安を隠し続けて。 戦いが終わった。 でも、危惧していた不安は訪れることもなくミーは消えることもなかったし、ヴァリアーに所属し続けている。 霧の幹部である前任のマーモンは帰ってきたが、人手がまだまだ足りないとのことで。 ヴァリアーに所属したままで良いということはとてもうれしくて。 もしかして、とヘルリングを見た。 666回目の奇跡が起こったのではないか、と思ったのだ。 でも、ヘルリングから浮き出た文字は623。 どうやら、666回目の奇跡ではなかったようで、これから訪れるであろう43回の不幸を想像してため息を吐いた。 そして、その不幸とは、今までの不幸とは少し異なり、本当の不幸であった。 一つ、ミーの前任であるマーモンが帰ってきたこと。 一つ、ヴァリアーの中で、自分の存在が必要とされていないことに気づいてしまった事。 一つ、先輩がミーに気づいてくれなくなった事。 先輩は、言ってくれた。 お前が消えたとしても、自分はお前を忘れないから、と。 優しく抱きしめてくれた。 不安で泣いていたところを見られたときは、からかわれると思ったのに。 その行為だけで、自分は救われたのだ。 だから、戦う事ができた。 だが、今は違う。 前任が帰ってきた今、先輩にミーは必要ないのだろう。 まあ、はっきり言ってしまうと、本当は先輩は最初からミーなんか見ていなかったのだと思う。 今だから言える事、というやつだが。 先輩は、前任と仲がよかったらしいし、きっと死んだ前任が忘れられなくて、こんな蛙メットを強制的に被せたのだろう。 まったく、酷い先輩である。 所詮、ミーは一時の身代わりであったという訳で。 その証拠に、先輩はミーを見てくれなくなった。 気づいてくれなくなった。 いくら泣いたって喚いたって、きっと気づいてはくれないだろう。 不意に、頬をつめたい風が通り抜け、そちらを見ると、バルコニーへ通じるガラス戸が少し開いていた。 閉めようとベッドを降り、戸に手をかければ、夜空に大きな球を見つける。 気が変わった。 扉を押し、バルコニーへでた。 夜風が、涙にぬれた頬を緩やかに撫ぜ、乾かした。 星を眺めて独りぼっち。一人ぼっち。 蛙メットを抱いて、また涙を流した。 雲が少ない空には、月が美しく輝いていて、ジャッポーネの古い言葉を思い出させた。 意味は、なんだったか。 思い出せないが、こんな時に使う言葉であったと思う。 嗚呼、先輩。 「今夜は月が綺麗ですね。」 独り、つぶやいて眼を閉じた。 |