もともと、人には一生の内に行うことのできる呼吸の回数や、鼓動の数が決まっている、という話を聞いたことがある。 じゃあ、と俺は思う。 死は突然訪れるものではなく、常に緩やかに、じわじわと俺たちを蝕んできているのではないだろうか。 つまり、俺たちはいつも死の恐怖怯えているのではないか、と。 そして、最初から死までの呼吸回数やら鼓動の回数やらが決まっているのなら、世間一般でいうバランス良く食事を食べましょう、とか、適度な運動を心掛けましょう、等というのは全くの詭弁ではないか。 更にいうならば、呼吸と鼓動の回数が決まっているというのに運動させるというのは、死をどんどん近くに招いているのではないか、と。 俺は馬鹿だから難しいことはわからねえ、でも生まれたときから死のカウントが始まっていると思うと、笑うしかねえと思うんでさ。 いくら病気を治そうって金かけたって、意味ねえってことじゃないですか。 大体、沖田はそんなようなことを言った。 「お前は本当に馬鹿だなあ」 最後まで聞いて、俺は苦笑混じりに煙草を灰皿に押し付けた。 いつもならそれに反抗して睨みあげてくるだろう沖田は、しかし、沈んだ暗い目で畳を見つめている。 「なあ総悟、しってるか」 土方が言った、沖田はゆるりと目線をあげる。 「人間に呼吸やら鼓動の回数が決まっていると言ったな」 「…へい」 「それこそが全くの詭弁なんだよ」 いつのまに出していたのか、新たな煙草に火をつけた土方は沖田をみた。 「仮に本当だったとして、俺はその死までの間に、どれだけ生きたと実感できるかじゃねえかと思ってる」 紫煙を吐いて、目を伏せた。 「いいか、お前は今生きてるだろう。そう感じるだろう、それはお前が命の重みをしってるからだ。知っているから今を生きようと動くんだろう。動けないのは生きていたって生きちゃいねえ、心が死んでんだ。もうそれは生きてるとはいえねえ」 沖田は、何も言わなかった。 ただ、黙って土方のもつ煙草の先が白くなっていくのを見ていた。 「お前はちゃんと生きてんだ。だからふりむくな、後ろには何もない。お前が看取ったアイツが、死の恐怖に怯えながら死んだと思うか」 ぐっと沖田は唇をかんで、首を降った。 「そういうことだ、いくらカウントが始まってたって、生き方まで決められてたわけじゃねえ。どれだけ生きたと自分と周りが思うかだ」 いいか、だからお前は今まで通り生きてりゃいいんだよ。 そう付け足して、土方は文机に向き直って筆をとった。 沖田はもう何も言わず、しかしただ少しの間、土方の背に涙を溢していた。 |