容赦なく人を斬り捨てる様相、鬼の如く。 返り血に汚れ、刀を鈍色に光らせる沖田を見ては、敵も見方も関係なく怯え心を冷やした。 しかし、如何にそう呼ばれようとも、所詮は人。 斬られれば痛みを感じるし、血を多く流せば死ぬ。 腹は空くし、風邪だって引く。 当たり前の事である。 つまり、沖田が死んだのはそういうわけだった。 沖田を射止めた男は、沖田が自分の発砲音の後に倒れると、唾を飛ばしながら飛び上がって喜んだそうだ。 そのせいで居場所に気づかれ、殺されたというのだから、さぞかし間抜けな男であったことに違いはない。 そんな男が撃った沖田といえば、運が悪いもいいところ、首を後ろから1発撃ち抜かれ、苦しみに身悶えた後、息絶えた。 今まで、沖田がどれくらいの浪士達を斬り捨ててきたかなんて、もうわからない。 しかし、彼にとって殺すことは生きることであった。 病弱な姉に育てられ、幼くして大切な人を守るために江戸へ上京した沖田。 真選組一番隊隊長沖田総悟として、若くも名を馳せた彼は、屍の上にたっていた。 病弱な姉への医療費を含む仕送りのために、大切な大将を守るために、常に弱音を吐くことなく、戦場の最前線に立ち続けてきた。 しかし、そんな状況にあっても、人を殺める事に馴れようとも、その恐怖を拭うことができなかった子供が沖田だった。 己が殺めた亡骸の、虚ろな白い目を見て、明日は我が身だと怯えて必死に刀を振るう。 それが悪循環になろうとも、沖田にとって、それしか生きる術がなかったのだ。 そんな沖田が、誇り高く生きた沖田が、ああ何故そんな無様な死で生に別れを告げるのか。 隊士から沖田の死を告げられ、屯所から駆けつけた土方の顔は、紙のように白く、紫色の唇をしていた。 沖田が射殺された時、近くでは神山が剣を振るっていた。 他の隊士達は皆別の場所で応戦しており、沖田の無様な死の瞬間を見た者が、神山だけだったのが救いかもしれない。 土方が駆けつけた時、沖田の亡骸は、撃たれた場所で顔に白いハンカチをかけられ、横たわっていた。 おそらく、亡骸の隣で、ぼうっと立つ神山がしたものだ。 神山は沖田を誰よりも慕っており、それ故に守れなかったことを悔やんでいた。 しかし、涙を流すことも出来ずに、能面のような顔で目を閉じていたのだった。 そんな神山を、土方は責めるでもなく、一瞥すると白い大きな布をそっと広げ、沖田の亡骸にかけると、一切言葉を発さないまま、慈しむようにそれを抱き上げて立ち去っていった。 土方の背が遠くなってから、ようやくその背に、沖田の亡骸に頭を下げて涙を溢した神山につられるように、どこからか嗚咽が聞こえた。 総悟の亡骸は、普段より随分軽いように思えた。 首に風穴が空いた以外、形は全くもって普段の総悟であったから、余計に死んだという実感はわかないままである。 しかし、いつもの人を馬鹿にしたようなアイマスクと、血色の良い頬や唇に色がないことから、死を認めざるをえなかった。 ああ、総悟。 お前はこの橋を通る度、いつも下の川を覗き込んでは、嬉しそうに光る魚を探していたな。 夜の巡回では、毎度垂れ下がる柳の下に女の霊がいると嘯き、俺から逃げようとした。 なあ、お前はそんなに無様に殺されなければならないほど、悪人であっただろうか。 いいや、そんな筈はない。 あんな下卑たクズに殺されなければならないほど、何をしたというのか。 ああ、こんな筈じゃあなかった。 「総悟」 お前は、どう在りたかったんだ。 いつの間に歩いていたのか、気づけば亡骸を抱えたまま、行き止まりの路地裏にいた。 ここは総悟がよくサボっていた場所だ。 何回俺に見つかろうと、よくここで野良猫なんかに餌をやったりして、嬉しそうに目を細めていた。 頭の中で、その光景が蘇ると同時に、視界がグラリと揺れた。 最後に瞬きをしたのはいつだったか、随分と目が乾いていて、腕の亡骸を見下ろしたとき、酷く痛んだ。 風で何処かへ飛んでいったハンカチのせいで、首の風穴が丸見えだった。 愛しい総悟の内部が、俺も見たことのない総悟の内部が、街灯で赤く光る。 乱れて真っ赤に染まったスカーフは、今朝の白さの面影をさっぱり無くしており、どれ程苦しんだのかも、容易く想像できた。 総悟を殺した男の笑い声も、汚い笑みも。 その瞬間、総悟の最後の全てが想像できてしまったのだ。 頭が真っ白になり、力が抜けた。 どっと膝をつくと、同時に腕の力もぬけ、亡骸がゴロゴロと転がって、路地裏の隅に仰向けで横たわる。 しかし、当然ながら落とされたことに対して文句もなければ、罵声の1つも飛んでこない。 いよいよ思考は考えることを放棄したがり、耳鳴りが酷くなる。 総悟に見合った死はなんだったのか、いやそもそも俺がついていれば殺されることもなかったのか、あの神山とかいう男は何故総悟を守らなかったのだ、総悟はどれ程苦しんだのだろうか、最後に誰を思い浮かべたのだろうか、アイツは俺が。 プツンと耳鳴りが止まった。 ああ、そういうことだったのか。 急激に視界が晴れていき、総悟の白く整った顔が見えた。 汚いコンクリートの床に手をつき力を入れれば、今度は驚くほど簡単に立つことが出来てしまった。 慣れた動作で右手を脇差しの鯉口に添え、カチリと親指の爪で鍔を弾いた。 柄は、こんなにも重く冷たかっただろうか。 スラッと音がして、銀色に光る刀身が躊躇いなく姿を見せた。 敬意を表すように、刃文を人差し指でそっと一撫でしてから、切っ先を横たわる亡骸に、いや、総悟に向ける。 いつか道場で教えられた、下段の構えで総悟に近づくと、スカーフが乱れて見える鎖骨を辿った中心より、僅かに左の部位に切っ先を落とした。 ごめんな、総悟。 柄を両手で握りしめ、その部位を目掛けて振り上げた。 お前が死ぬと、わかっていたのならば、俺はすぐにこうしていたというのに。 ああ、総悟。 お前は俺が殺せばよかったんだ。 全体重をかけた刀が、何かを砕いた音がした。 |