02 生命の源。



月の光が海に反射して、船縁をやわらかに照らす深夜の船。
今日は俺が不寝番だ。
先程までは見張り台兼トレーニングルームで、毛布を羽織って大人しく海を眺めていた。
しかし、ついこないだ暑い気候の島を抜けたと思ったら、今いる海域は妙に寒い。
睡魔が襲ってこない代わりにどうにも突然の寒さが辛くて、溜息を一つ残して降りてきてしまった。
そうして外に出てみれば、頬を掠めた冷たい風に身震いする。
朝食用に作ったスープを、少しばかり頂こう。
寝ているナミさんたちを起こさないように、そうっとダイニングへ入る。
なんとなく、泥棒の気分になる。
昔、夜中にこうやってこっそりキッチンへ忍び込んでは料理の練習をしていた。
大体の場合のオチとしては、いつの間にか後ろに立っていたジジイにそれを見ては貶され、しかし『ガキが一人で刃物使ってんじゃねえ』と蹴り飛ばされる…というものだ。
当時は貶されたことに憤るばかりで、蹴り飛ばした時のジジイのいつもより少し細められた目も、馬鹿にされているようにしか思えなかった。
しかし、今思えばそれらはきっと…考えることも気恥ずかしいが、ジジイなりに心配してくれていたってことなんだろう。
自然、上がった口角を誰もいないのに手で隠すように、煙草を指で挟んでコンロに火をつけた。
美味しそうな匂いがそこいらを満たす頃、短くなった煙草を簡易式灰皿に押し付け俺は皿を用意した。
温まって湯気をたてるスープをそれにつけ外に出たとき、きらり、煌々とした海が視界に入った。
見張り台の上からみていた、遠くの海とはまた違う、月光を受け輝く海がそこにはあった。
思わず手摺に引き寄せられるように近づき、覗きこむ。
ゆらゆら、ゆらゆら。
夜の海は真っ暗で、底が見えない。
覗き込んでも、自分と煌々とした月がうつるだけだ。
きらきら、きらきら。
スープを片手に、ぼんやりとゆらゆらゆらゆら揺れてみる。
ゆらゆらゆらゆら、髪が耳元でさらさらと音を立てる。
それが、すっかり耳に馴染んだ海のさざめく音と相まって心地良い。
しばらく、そうしていたのだろう。
ギィ、と扉の開く音がして俺はそちらを仰ぎ見た。
「何してんだ」
藻が、相も変わらず緑色のまま眠そうな目でこちらを見下ろしていた。
ボリボリと頭を掻きながら欠伸をして、むにゃむにゃと口を動かしながら此方を見ている。
「いや、海があまりにも綺麗だったもんで、ちょっとな」
スープを脇に置いて、へらりと笑ってみせた。
とくに笑ったことに意味はない。普段喧嘩ばかりする相手でも、寝起きの奴に声を荒げる気はなかったし、何より、穏やかな心持ちで満たされていたから。
毬藻は、少し驚いたように寝ぼけ眼を軽く見開いて俺を凝視したあと、緩慢な動作で降りてくると俺の横に立って海を見た。
「いつもと変わりゃしねえ、普通の海じゃねえか」
首を傾げて、ゾロが言う。
「ああ、変わらねえよ。いつも通りだ」
なんとなく同調して、俺も首を傾けて返した。
黄檗色の目が、分からないというように此方を見る。
穏やかな目だった。
戦闘の時に見る、ギラギラとした深紅を称えたような目ではなく、人の本来の姿を映したような柔らかな目だった。
「普通で良いんだよ、嵐がくるよりかよっぽどいいだろ?」
に、と。
今度は歯を見せて笑いかけた。
「ああ」とゾロも口角を上げた。
二人が船内で、こんなに穏やかな時間を共に過ごすことがあるなんて、誰が想像できるだろう。
まだ夢の中であろう、いつも拳骨で俺達を両成敗してしまうナミさんや、いつも喧嘩を美しい白い手で宥めてくれる、ロビンちゃんを思い浮かべ、なんとなく申し訳ない気持ちになった。
空の薄暗さからして、もうすぐ夜が明けるのだろう。
脇に置いておいたスープはすっかり冷めてしまって白い膜が張っているが、また後で温め直して食べれば良い。
今は、この穏やかな時間の中に居たかった。
ゾロが手摺に頬杖をついて欠伸をしながらも、何処かに行こうとしない辺り、俺と同じ心持ちであるんじゃないかと思う。
俺も煙草を咥えると、そこに手を置いた。
そうして、どちらからともなくキスをした。
バードキスのように、軽く触れあうだけのキスをした。
俺達は二年の時を経てお互い大人になった。
広い海の方々に飛ばされ、それでも生きてまた会うことができた。
そして、今ここで息をしている。
俺達を生かしも殺しもする海の上で、生きている。
それだけで十分なのだ。
白み始めていた空を映した蒼い海に、朝陽が溢れんばかりに輝いて横顔を照らす。
眩しさに目を竦めて水平線を見れば、清々しい朝の空気に心がほどけていくようだった。
ゾロも、目を細めてそちらをみていた。
明るく輝きだした海に魚が跳ねてちかりと光る。
海は、俺達を生かしも殺しもする。
また、その偉大な器で生命を育みもする。
海は、いわば生命の源だ。
母の胎の中のような、そこに船を浮かべて俺達は生きていく。
今までのように、これからも。
もう離れてしまわないように、仲間が誰一人として欠けることのないように。
これからも、この生命の海で生きていこう。







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