時刻は深夜。 とっぷりと日が暮れて、ダイニングの窓から見える外に灯りはない。 今、俺はコックと二人であった。 グデェ、と効果音がつきそうな位酔っぱらって机に頬をつけたコックと二人であった。 他の船員は、久々の寄港に嬉々として陸に上がっていってしまった。 今停まっている島は一見平和そうな町だから、海軍のやつらがいるのかもしれない。 久々の陸だ、海軍との接触は避けてゆっくりと休みたかった。 そういうわけで港に堂々と船を停めるなんてことは出来ず、俺達は町から少し離れた海岸に錨を降ろして船をとめていた。 ガキ三人は飛び出していってしまったし、女共もひらひらと手を振って行ってしまった。 コックは買い出しに行くから仕方ない…そうすると自動的に船番は俺だった。 最近は特に戦闘もなかったが、刀は抜かりなく手入れしてある。 鍛冶屋に出さなくとも問題はなかった。 自然出た欠伸は眠気を余計に誘うようで、俺はそのまま眠りに落ちた。 それが昼頃だったか。 ドス、と腹を踏まれて俺は起きた。上を見ると、コックが煙草の煙を吐き出しながら俺を見下ろしていた。 辺りはすっかり暗くなっていて、波の静かな音が船を包んでいた。 それから俺は、コックに夕食を与えられ、たまには酔わせろと酒に付き合わされた。 お前は宿を取らなかったのかと聞いたら、皆が泊まっている宿よりここからの方が朝市に近いんだとコックは応えた。 声が大分上ずっていて、珍しく酔っているのだと分かる。 そりゃあこいつにとっちゃあ神の様な女共がいないのだから、酔わない理由はない。 「小さい頃、俺ァ海ってのは蒼いと思ってたんだよ」 ぐびりと酒を煽ったコックは、唐突にそういった(先ほどまではカタツムリがどうのとか枕がどうのとか言っていた気がする)。 「突然なんだ」 「だから、ガキの頃に1度海の水を使って料理したことがあるんだ」 コックは俺を完全に無視して話を続けた。 少しイラッとしたが、そこは酔っぱらいだとなんとか堪えた。 「んで、水の代わりにそれをざばあっとかけたわけ。でも当然ながら青くならねえんだ、そしたらよく俺をからかってたコックが大笑いして言うんだよ、"海が青いのは空を映してるからなんだ"って」 俺は大層驚いたそうな!!吃驚仰天!!!コックは、声を張り上げるように酒瓶は離さないまま両腕をばっと拡げて笑って言った。 正直腕があたりそうで俺も驚いた、仰天だよ。 コックがけらけらと楽しそうに笑いながらこっちをみた。 とろりとした目と、白い肌に上気して赤らんだ頬が嫌に情事のときを思わせる。 酔ったわけでもないのに、意識が傾いた気がした。 「おい、聞いてんのかァ?」 ぐ、と胸ぐらを掴まれたかと思うとさっきの表情から一転、怪訝そうな顔で俺の顔を覗き込むコックがいた。 反射でのけ反ると、また愉快そうに笑いながら酒瓶に口をつけて話始めた。 「んで、俺がそんなことを忘れかけてたとき…バラティエが軌道に乗って毎日がてんてこ舞いだった時期かなあ。綺麗なお姉さまが来たんだよ、今だったら確実に口説いてる、いやその頃からもうませたこと言ってたかな、まあいいや。で、そのお姉さまが俺に聞いてきたんだよ、"なんで空が青いか知ってる?"って」 酒瓶を傾けると同時、金色の髪がさらりとうなじにかかった。 「んぐ、ぐ…は…あー…んで、えと…ああ、そうだ。おれはそうやって返したんだよ、コックに教えられた通りにな。でも、お姉さまは首を振って微笑みながら言うんだ、正に女神のように"違うわ"って。 "空が青いのは海を愛してしまったからなの"と、"それで色が映ってしまったの"って」 何度思い返しても、あれほどロマンチックな女性は彼女だけだと幸せそうにコックは笑う。 お前も大概ロマンチストのメロリン野郎だがな、とは言わないでおいた。 なけなしの優しさのつもりだ。 「でもな、そのお姉さまは次に悲しそうに笑って言ったんだよ。 "可哀想ね"って。俺ァ…酷いこと言うようだが、あのお姉さまの表情のなかではあの顔が一番美しいと思ったよ。儚いっていうのかなあ、とりあえずあのお姉さまは本当に綺麗だったんだ」 ふにゃり、とコックの顔が幸せそうに蕩けた。 だが、俺は思わず問うていた。 「お前は何が言いたいんだ」 意識せずとも咎めるような声になったのは否めない。 ゆらり、コックの頭が後ろに倒れるようにしてこっちを見た。 光に反射して目がキラリとひかった。 「べつに、どうということはないよ」 滑らかな声は、もう上擦っていなかった。 「まったく…お前が話に水差すようなこと言うから酔いが覚めちまったじゃねえか」 相も変わらず赤い頬をしたままコックはいった。 まだ酔いが覚めたというわけではないが、少しはまともになったようだ。 だから、というわけではないが、飲み直しでもするかのようにまた瓶に口をつけたコックを放ってはおけなかった。 勢いよく立ち上がると、驚いて動きを止めたコックの腕を掴んで「来い」と一言告げる。 躓きながら引っ張られるコックを連れて外にでると、後ろから寒ィだとか酒がどうとかぶつぶつ文句が聞こえた。 「少し酔い覚ませ、アホコック」 キッチンに続くドアに凭れて、酔いをさますまで通さん、とばかりにそう言えば、コックは諦めたのか溜息を一つつくと煙草を吸い始め、煙を吐くと同時に空を見上げた。 「なあ、ゾロ」 落ち着いた声が、俺の名を呼ぶが、きっと返事は求めていない。 「俺の目はきっと透明なんだ」 気でも違えたのかと思った。 「お前の目は青じゃねえか」 おもわず返していた。 しかし、コックは金の髪を風に靡かせながら違うと言った。 「俺の目が青いのは、空を愛して青になった海を愛したからだ」 ふーっと煙を吐き出しながら、そう言って煙草を落とすと踏みにじった。 「なあ、なあ、ゾロ。俺はお前にはなれないんだよ、わかるか」 コックがようやくこっちを見た。目は、暗く深い蒼だった。 紺に近いような、色だった。 そうして、コックはいよいよ泣きそうな顔で俺を見ると、表情を歪ませて言った。 「海は空の鏡だ。なあ、お前になれなくたって俺は一向に構わないんだ。でもな、思うんだよ。俺もそれくらい素直になれたら、何も考えずお前の色に染まれたらどれだけいいだろう、って」 言い終わらない内にコックを引き寄せていた。 頭を片手で掴んで、ぐい、と。 引き寄せられるままに傾いたコックの身体は、ばすんと腕のなかに収まり、激しい鼓動を伝える。 ドッドッドッド、と激しく脈打って、俺に命を伝えてくる。 かわいそうなのは誰だ馬鹿野郎。 胸に強く抱き込んだコックの鼓動は、泣くように震えていた。 |