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光でなければならない、希望でなければならない。
彼は傷だらけで酸素マスクだって外せないまま言った。
痩せ細って窪んだ目に落ちた影の中、消えない彼の闘志を表すように二つの目玉がギラギラと光っていた。
ベッドの脇に立って、彼の弱々しく上下する胸のあたりを見ていた相澤は、知れず掌に爪を立てた。
何故彼だけがここまで傷つかなければならないのか、理解できなかったのだ。
表面上ではわかったようなフリをして「ええ、あなたは皆の希望ですから」なんて応えたが、本当はもう彼に、オールマイトに、闘ってほしくなかった。
腹に穴を開けてから減ってしまった彼の活動時間は約三時間。
なのに、よく限界ギリギリまでその身体を酷使してはぶっ倒れて病院送りだ。
毎度見舞いに行く相澤は、いつも震える手で病室のドアを開ける。
今日も彼はちゃんと生きているだろうか、あの目に宿る闘志は消えていないだろうか、まだ、笑っているだろうか。
そんな心配が胸中にへばりついたままドアを開ける相澤を迎えるのは、いつも傷だらけの彼だった。
しかし、相澤の心配は一度も当たったことがない。
だから余計に辛いのだ。
いっそのこと、彼がオールマイトとして闘えなくなるくらい傷ついてしまえば、ずっと安全なところに閉じ込めておけるのに。
「大丈夫」
俯いた相澤の顔色が悪いことに気づいたのだろうオールマイトは、白い歯を剥き出しにして笑ってみせた。
「私はヒーローをやめるつもりはないが、死んでやるつもりもない」
力なく横たわったままそんなことを言って笑う彼を、相澤はいよいよ殴ってしまいたいと思った。
そういうことを言いたいわけじゃない、ただ、あんたがそこまで無理をする必要はないんじゃないか、と。
たったそれだけのことが言えず、相澤は唇を噛んだ。
オールマイトは、それをみて困ったように笑って言った。
「ごめんね、相澤くん」
それは、相澤を吹っ切れさせるのに十分な一言だった。表情だった。
「ふざけるな!!!!」
普段の彼からは想像できない激情が溢れでて、狭い病室の中で響いた。
目を見開いて驚くオールマイトの横たわるベッドの上に、靴も脱がないまま乗り上げ、馬乗りになって尚叫んだ。
「あんたが謝ることなんて何もないのに!!あんただけがそこまで闘う理由だってないのに!!象徴が!!希望がそんなに大事なのか!?傷つく希望が光だっていうのか!!」
気づけば、相澤は彼の青白い肌が覗く病衣のあわせを両手でつかみ、顔を寄せて叫んでいた。
慣れない大声を出したせいで痛む喉も、勢いのままに起こしたせいで外れてしまった酸素マスクも、何も気にならない。
冷静さは欠片ほどしか残っていなかった。
見開いた目はなんだか熱いしぼやけていて、心臓は胸を打つように激しく鼓動していて痛い。
フー、フーと手負いの獣のように荒い息を繰り返す相澤の吊り上がった目を、骨ばった指がそっとなぞった。
「泣かないでくれ」
そう言われ、相澤は目いっぱいに涙が溜まっているせいで視界がぼやけていたのだと気づいた。
こぼさなかったそれを優しく拭ったオールマイトの指が、そのまま頬を撫ぜて唇に触れる。
「決して君を悲しませたかったわけじゃないんだ」
ごめん、あまりにも穏やかな声が、優しく続けた。
相澤は、いよいよ涙を堪えるのを意識しないとやっていられなかった。
そして、それを堪えるために口を開いた。
このとき、相澤に冷静さは残っていなかった。
だから、
「当たり前でしょう、だって」
あなたは…
そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
その後に続く、自分が今無意識に思ったことが、あまりにもオールマイトにぶつけた言葉と矛盾していたからだ。
そして、相澤はその矛盾の理由に気づいてしまった。
煮えたように熱くなっていた頭が、急速に冷えていくのが分かる。
耳鳴りがして、視界がぐにゃりと歪む。
「相澤くん」
本日何度目かの、オールマイトの困ったような声が耳に入った途端、とうとう彼は泣き出した。
ボロボロと堪えきれなかった涙が堰を切ったように溢れでた
オールマイトは、まだ軋むように痛む身体を叱咤し、上体を起こすと相澤をしっかりと抱き締めた。
癖のある、ふわふわとした柔らかい髪に手を差し入れて形の良い頭を何度も撫でる。
嗚咽が洩れる度に跳ねる背中を優しく擦れば、相澤は細い首にすがりついて一層泣いた。
彼に闘うなといっておいて、自分だって結局は彼にヒーローであることを強請していた。
彼がオールマイトという一人のヒーローであることを、平和の象徴であることを強請いる一般人と何も変わらない。
同じヒーローという立場でありながら、彼にのし掛かる、重圧となった期待とプレッシャーに気づいてやれなかった。
気づけないまま彼に自分勝手な激情をぶつけ、困らせてしまった。
相澤は彼らしくもなく慟哭し、しばらくオールマイトにすがっていたが、オールマイトが背中を優しく撫でていた甲斐もあったのか、やがて寝息を立てはじめた。
時折ひくりと跳ねる背中に彼のどうしようもない苦しみが滲んでいるようだった。
それをじっと見ていたオールマイトは、いつもよりずっと体温の高くなった相澤を、もう一度緩やかに抱き締めて呟いた。
「私だって、生きていたいさ」
ただ、もうそういう生き方しかできないのだ。
「私にしろ君にしろ、自分を犠牲にしたって救けたいものがあれば、周りは見えなくなってしまう。自分のことなど省みずに立ち向かってしまう、そういう性分をもってしてここにいるんだ。」
眠った相澤に一人話しかけるオールマイトの声は、しかし震えていた。
相澤を抱き締める腕の力が無意識に強くなる。
それが死への恐怖からくるものなのか、はたまた
「いかないで」
ふ、と相澤の掠れた声がぽつりと病室に落ちた。
オールマイトが驚いて相澤を見るも、腫らした目をしっかりと覆う薄い瞼は開かない。
寝言だったようだ。
しかし、オールマイトはその言葉に祈るように目をそっと瞑って相澤の肩に顔を埋めた。
そうして、誰にも気づかれないように、声を殺して泣いた。


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