juju | ナノ





 春は嫌いだ。
 風は強いし、兎角腹が減る。
 春窮むと書いて、しゅんきゅうという。
 不作に加えて、冬に備蓄しておいた米も底をつくと、春に食うものがない。

 だから春は腹が減るのだ。

「まだ寝てますか」

 あのひとは春になるとよく眠る。
 薄着で陽の光に微睡みながら、つやつやとしている。
 肌がいつも芥子の香りがする。

「知ってますか、芥子の花は、天国の匂いらしいですよ」

 白い肌の上に覆いかぶさって、耳元でそっと告げる。
 薄く瞼がひらいて、そして目尻が笑う。

「物知りだね、恵」
「起きてるじゃないですか」
「君がそわそわしてるのが、面白くて」
「揶揄わないでください」

 ごめんね、と、また笑う。
 この人は口が小さいなと、いつも思う。

「そんなに私に触りたいの」

 おかしな子、そうやっていつも揶揄われている。

「そんなに私を欲しがるのは恵くらいだよ…」

 私ごとき、求められるほどの価値もない命だと。
 …そんなことを言うから、いや、それは違うと前に否定した。
 求めるのが罪深いと思うほど、この人が綺麗で、みんな遠慮しているだけだ。

「俺は遠慮しません」
「何の話かな」
「何でもないです」
「へんな恵」
「いつもですよ」

 この人といると、頭が熱っぽくなって、おかしくなる。
 それだけだ。

「恵」
「なんですか」
「触ってくれないの」
「…あんた、たまにそういうとこありますよね」
「だめなの」
「俺は都合よく解釈しますけど、いいんですか」
「お好きにどうぞ」

 おなかすいてるんでしょ、と見透かしたようにくすくす笑っている。
 だから春は嫌いなのだ。


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