人参を食べると、いつもご褒美がもらえる。 「坊っちゃま、人参食べましょうね」 この女は自分と同い年のくせに、ずっと年上みたいな風に気取っている。 昔からそうだ。 「人参食べたらちゃんと僕にご褒美くれる?」 「勿論、お約束しますよ」 ほんとは人参なんか別に嫌いじゃない。 好きでもないが、この女はずっと勘違いをしている。 都合がいいので放ったらかしだ。 「人参を食べると夜目が利くといいます」 そんなこと正直どうでもいい。 夜目なんか利かなくても呪霊は見える。 「はい、ちゃんと食べたよ」 空になった皿を見せる。 まあ、偉いわ、と女は毎回毎回喜んでいる。 人参に限らず、特別好きなものも嫌いなものもない。 一等良いと思えるのはこの女くらいだ。 「坊っちゃまにご褒美差し上げませんと」 「リクエストしていい?」 「なんでもどうぞ」 じゃあ坊っちゃまって呼ぶのやめて、と言ったら、女はぽかんとしたまま動かなくなってしまった。 綺麗な顔してるのに、あほみたいだ。 「坊っちゃまは坊っちゃまですよ」 「お前さあ、僕と同い年でしょ」 「同い年ですが坊っちゃまのお世話係を仰せつかっております」 「お世話係だからって坊っちゃまって呼ばなくてもいいでしょ」 「ここにいるものはみんなそう呼んでおります」 「御当主様の命令が聞けないわけ?」 「ご褒美リクエストならばお聞きいたします」 「だからいま僕の命令聞いてよってリクエストしてんの」 ねえ、と女を組み敷くと、あっけないほど細い肩だった。 よく見ると唇が震えている。 この顔は初めてだ。 「ご褒美くれるって約束したよね」 「五条さま、」 「それもやめて」 泣きそうになっている女を間近に見て、ちょっとやり過ぎたかもしれないと、すこし反省した。 「△、僕はお前の名前を呼ぶのに、なんでお前は僕の名前を呼んでくれないわけ」 唇が触れそうなところで、私語のように呟く。 女の目の端が濡れている。 それが欲しいと欲が湧いて、また唇が近くなる。 「僕がこんなにしつこくなるのはお前くらいなんだよ、△」 昔から人参を食べるたび、ご褒美をくれていた。 手も繋いでもらったし、膝枕もしてもらった。 でもまだ名前をもらっていない。 「ほら、僕にちょうだい」 名前がほしい。 この女に呼ばれる名前が。 しばらく女を見つめていると、女は額にちょっと汗をかいて、それから微かに息をした。 「…さとる」 消えてなくなりそうなその時の声色、息、涙、汗、唇、全部。 この時のためだけに生きていたかもしれないと、勘違いした。 ささめごと |