juju | ナノ





 頬に手を添えられると、人の手とは思えぬような冷たさだった。
 その冷たさが、なぜだか不思議と嫌ではなかった。

「ねえ」

 女に見惚れたのは生まれて初めてだった。髪がいい、肌がいい、声がいい、いいと思えるものは山ほどあったが、ただの綺麗な女とはなにか違うように思っていた。
 姿形のよい女など山ほどあるが、この女はその一息の眼差しでさえ女神のようだと思えた。

「夏油くん」

 声がいい、冷たい水のような声だった。水は嫌いだ。濡れると居心地が悪い。だからいつもシャワーで済ませている。

「君は」

 どうして水なのに嫌ではないのか。両頬を包む冷たい手にうっとりしてしまう。
 嫌いな水のはずなのに、どうして抱き締められると守られていると感じるのか。なにもかもが判然としない。

「△」

 名前を呼びあうだけの無意味な時間がなぜ嫌ではないのか。背中に手を回すと、痩せて飛び出た背骨を薄手のワンピースの上からそうっと撫ぜた。死にそうだなと思う。少し力を入れれば、腕など簡単にもげそうだった。もいだってよかった。でも自分はなぜかこの女を毎回毎回大事そうに抱き締めてしまう。なぜだかわからない。ただ安心する。それが少し怖い。

「夏油くん、好き」

 女は自分のことを好きだと言う。なぜかわからない。言われると安心してしまう。水は嫌いなのに、と思う。水は好きではないのに。

「私も…私もだよ」

 自分はいつも頷いてしまう。いつも抱き締め返してしまう。好きと言うのに、まるで自分も同じ気持ちであるかのように答えてしまう。水は嫌いなのにと何度も思う。こんなにも痩せて、貧弱な美しい女を抱き締めてしまう。女に優しくしてしまうのは自分もこの女が好きだからなのか。

「どうして、この水の中は安心なんだろうね」

 嫌になる。安心してしまうのが嫌になる。愛してほしいのか。分からないことが積もるたびに、女は増々美しく見えて、そして細い両腕の中はまるで羊水のような心地だ。


胎のなか
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