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 小さい頃、あの子の帯の上でいたずらした。

「悟なんてきらい」

 それからすっかり嫌われてしまっている。

「大事だったのに」

 鶴の刺繍がしてある綺麗な帯だった。それにいたずらして染みをつけて、こっ酷く泣かれた。いまでもよく覚えている。

「ごめんってば」

 二十年くらい、会うたびずっと謝り続けているのに、この許嫁はまだ結婚を許してくれない。
 悟ぼっちゃまどうか△様のご機嫌をと、何度も使用人に頭を下げられて悟はすっかり参っていた。
 悟の方こそ、あの子の機嫌を取りたいのは山々である。

「ねえ、ホントに真面目に謝ってるんだよ僕」
「知ってる」

 こっちを振り向きもしない。形のいい唇を尖らせてぶすっとしている。

「お前ってば拗ねてても可愛いよね」
「馬鹿にしてんの?」
「いやいやマジで」

 僕きらわれすぎじゃない?と、しょぼくれて呟くと、自業自得でしょとぐさりと言われた。もう悟は慣れっこだがそれでもやはり好きな子に言われるのは傷つく。

「ねえ、僕のことやっぱ嫌い?」
「何回も言ってるでしょ大嫌いだって」
「好きになる可能性は、」
「無いです」
「あちゃー」

 ねえホントに無理なの?無理です。この会話を二十年くらい飽きずにずっと続けている。
 悟のほうもなかなか諦めが悪いが、このやりとりに付き合ってくれる△も随分しぶといなと悟はひっそり思っている。

「僕さ、お前が許嫁で心底良かったと思ってんだよ」
「あっそ」
「大マジだよ?実を言うとさ、あの時いたずらしたのだって、お前に構って欲しくてわざとやったんだよ」
「へえ」
「反応薄すぎない?」
「そうだね」
「いまお前のことが好きだって真面目に告白したつもりだったんだけど」

 あっそ、と短い返事を寄越してまた唇を尖らせる。
 これを可愛いなんて言った暁には本当に相手にしてもらえなくなるので悟はぐっと堪える。

「…あのさ」
「なに」
「僕、一生かけてお前に謝るよ」
「そうだねそうして」
「毎日謝るよ、お前の叔母さんの大事な帯汚してごめんって」
「…あっそ」

 あの帯がこの子にとってどれだけ大事だったか、悟はなんにも知らないで汚した。
 だから知ったあとは、毎日会いに行って一生謝るとあのとき決めた。
 好きだから、許してくれなくても謝るって、あのとき決めた。
 だから何度突っぱねられても、めげずに毎日通って、毎日謝っていた。

「結婚させてくれたらさ、朝も昼も夜も謝るよ」
「…悟」
「僕のこと好きにならなくていいから、嫌いなままでいいからさ、お前の一番近くで毎日謝らせてよ」

 ねえ、ごめん。
 そう言って大真面目に謝ったら、服の裾をちょっとだけ引っ張られて、そのままあの子は少しだけ泣いた。
 悟が控えめに抱き寄せても嫌がらなかったので、中庭で暫くあの子の髪の毛を撫でていた。


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