夏油という男はなんでもキッチリしているように見えて案外適当なところがある。 「これおいしいね」 どんぶりのような大きさの茶碗に山盛りによそった赤飯を食って夏油は独り言のように呟いた。 「おいし?」 「うん」 毎度毎度、食う米の量が尋常じゃない。とにかく夏油はよく食う男だった。 朝に食パン三枚平らげたと思ったら昼前にはもう小腹が空いたのか冷蔵庫をごそごそいじくっている。 それで昼になって二人前くらいのカツ丼を食ったと思ったら三時のおやつに蕎麦を茹で始め、夜になればまた信じられないような量のおかずをてんこ盛りの白米と一緒に腹の中に流し込んだ。 「ほんと、よく食べること」 食うこと自体好きらしくて出かける前もずっと飯の話ばかりしている。 そのくせ料理の名前は覚えてなくて、あれとかこれとか曖昧に呼んだ。 「なんか、この甘い豆みたいなやつ、おいしいね」 豆みたいっていうかそれは豆だ。甘納豆を一粒箸で摘んで夏油がこちらを見た。 「豆だよそれ」 「甘いね」 「甘納豆だからね」 本州は小豆やささげ豆を使うらしいが北海道では赤飯といえば甘納豆である。 この前も同じことを夏油に教えてやった気がするがどうせろくすっぽ覚えていないのだろう。 「これなんていうご飯なの」 「それは赤飯だよ夏油」 「エッ、小豆じゃないの」 やっぱり覚えていなかったらしい。 人の顔も名前も覚えるのが得意で一度会ったらどんなモブでもちゃんと記憶しているというのに、自分のこととなると途端に記憶が曖昧になる。 物の名前とか食べ物の名前とかが覚えられないらしい。あんなのとかこんなのとか適当に呼ぶので最初の頃かなり苦労したのを覚えている。 「それなんだと思って食べてたの…」 「え?なんか甘いのが入った甘いご飯」 その「なんか甘いの」の正体は夏油にとって至極どうでもいいらしい。 「あ、でも△の好きなものはなんでも覚えてるよ」 「そうなの?」 「君が好きなのはスーパーで売ってる五個入りの草大福と喫茶店のカヌレとデパ地下のザッハトルテだろ」 「カヌレとザッハトルテ覚えてんの感動したよ」 「君のことなら一回で覚えられるよ」 自分のことは曖昧だけれども、と夏油は赤飯をかき込んだ。 「おかわりもらってもいいかい?」 「まだ食うのかよ…」 夏油が自分のことを覚えられない分、好きなものも嫌いなものも全部覚えていてやろうと赤飯をよそいながら思った。 恋しかった日々を忘れませんように |