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 山の中を走った。

「はあ…はあ…」

 全部で十二体喰った。喰ったはいいが、思ったより腹の中で暴れて、泥の上で暫くもがいた。

「はあっ…△…」

 早く帰りたい。あの人に会いたい。

「△…」

 夏油は山の中を走った。ときどき喉元まで上がってくる胃酸を飲み込んだ。口の端も拭わないで走った。
 泥だらけで吐瀉物の臭いにまみれて、さぞかしみすぼらしかったろう。

「おかえり、傑」

 ああ…。あの人がいた、と夏油は静かに思った。

「走って、帰ってきたんだ」

 息が上がっていた。どれだけ走ったのか覚えていなかった。
 ぱらぱらと髪が解けて、走っている途中で髪紐が切れたんだと思った。

「おいで、私の傑」
「あ…」

 唇を押しつけられた途端、口の端、ゲロ臭くないかな、と急に心配になった。

「あの、私、臭くないかい」
「そんなことないよ」
「でも、もどしたんだ、腹の中のものを全部」

 女に腹を撫でられると、心臓がどきどきした。

「じゃあ、ゆっくりおやすみ」
「着替えなきゃ」
「着替えさせてあげる」

 細い指先が制服の上を脱がしてゆく。そのまま汗で汚れたシャツごと抱き締められて、なんだか自然と涙が出た。

「かわいい、私の傑…いい子だね」

 山の中を走った。散々吐いた。帰って、好きな女に抱き締められて、そして一雫だけ泣いた。


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