飛沫の中、音が消える。 「悠仁」 最後に呼んだ名前が骨まで響く。ここだけが静か。 「△さん!」 その目が好き。ちゃんと見てて。投げ出した体躯に泥が染み、そして眠った。 泥土の淵に横たわりたいか。魔王の声が聞こえる。弾けるように目が覚めて、最初に掴んだのは牛の骨だった。 「よく眠っていたな」 目覚めはどうだ、と王が問う。赤く温い。傍に蹲み込んで、顎を掬われる。その眼差しが静か。 「悠仁は」 「小僧なら生きている」 「なんで生得領域に」 「俺が呼んだのだ」 待ちくたびれたように欠伸をする。黒く伸びた爪先で頬を舐める。 「貴様もまだ死んではおらんぞ」 「はあ」 「己の生にあまり執着がなさそうだな」 どうせ使い物にならぬ体など興味はない。死ねばそれまで。呪いに肉など必要ない。欲しいのはただ淀んだ思いだけ。 「だが貴様に死なれては困るのだ」 「はあ」 「俺が見初めた女よ、勝手に朽ち果てることは許さん」 王が私の指を絡め取る。このままこの男の言う事を聞いてもいいや、と思った。生き返ったところで、元の体など畜生の下の下。今更呪いに縛られようがどうでもいい。 「俺と縛りを交わせ」 赤い。四つ目の全てが私を蹂躙する。 「貴様、俺の伴侶となれ」 心臓を治してやる、と王は水に浸る私に口付けた。 「どうして私なの」 「くだらん事を聞くな」 「いつまで」 「未来永劫、即ち億劫だ」 魂が朽ち落ちても雁字搦めにしてやろう。王の傍に永久にあれ。美しく見下ろす悠仁と同じ顔。その目でずっと見ていてもらえるなら、なんでもいい。 「いいよ、ずっと傍にいてあげる」 悠仁と同じ顔なのに、悠仁と違う笑い方をする。王は満足そうに私を抱き抱えた。長く伸びた爪を私に食わせる。 「では契りは結ばれたな」 起こしてやる。魔王の囁きの中で静かにまた唇の熱さを感じた。 「△さん!」 目が覚めると、悠仁がぼろぼろ泣きながら私の手を握っていた。 「悠仁、私」 「生きててよかった、ほんとに」 零れ落ちた涙も拭かずにその場に蹲る。王と同じ顔の男が恥じる事もなく嗚咽を漏らす。 「悠仁、心配してくれてたの」 「当たり前じゃん!俺、△さんのこと、どんなに大事か」 ああ、でもごめんなさい。お前とは違う男と契りを交わしてしまった。もうお前に見せられないような場所にも紋様を刻まれてしまった。お前とは口付けすらしたことが無いのに。ほんとうはその唇が欲しいのに。 「俺を小僧の身代わりなどと考えるな、億劫の魂を共に過ごすのは小僧ではなく俺だ」 努努忘れるなよ。王の口付けが星のように降る。この身体はもう呪い。 「悠仁、ずっと好きだよ」 その目で抱いてもらえるのならなんだっていい。呪いの黒さに身を任せ。 「己を恥じるな、その憐れな顔は嫌いではない」 何度も抱かれる。この体はそのたび呪いになる。そして悠仁を思い出す。同じ体で抱き締められる。そうして何度も泣く。永遠にずっと。 残星を齧る日々 |