juju | ナノ





「見て、これ」

 見せられたのは、首筋に走る傷痕だった。

「どうしたのそれ」
「呪霊に引っ掻かれたんだよ」

 痛そうでしょ、とわざとらしく夏油が言う。

「みみず腫れになってる」
「さっきより腫れてきたんだ」
「治してあげようか」
「お願いしようかな」

 指先で肌を撫でると、傷痕が滲んで消えた。このとき、夏油がずっと蕩けるような顔をしていたのに、気が付かなかった。

「綺麗に治ったよ」
「ほんとう?綺麗?」

 綺麗だよ、というと、夏油は静かに喜んだ。

「綺麗だよ」

 それから、夏油は無駄に傷を増やしてくるようになった。腕も、脚も、背中も、無闇矢鱈と傷付けては、治してほしいと困ったような顔をした。

「反転術式は体力使うんだよ」
「すまないね」

 触ってほしくてわざとやっているんだって、知っていた。それでも何も言わず傷を癒した。
 指先でなぞるたび痕もなく消えていくのを、夏油は歓喜に震えて眺めていた。

「そのうち、この身体全部、君が作ったも同然になるね」

 知らない場所などないくらい、体中を暴いた。馬鹿で哀れな男だと思った。こうすることでしか求められないなんて、可哀想だとも。

「夏油」

 真新しい傷痕に口付ける。あ、と空気のような声が聞こえた。

「△、」
「君は本当にまどろっこしくて馬鹿な男だよね」
「あ…△、わたし、」

 気付かれていないとでも思っていたのか。絶望したように慌てて繕おうとするのを遮って、傷のない綺麗なところを舐めた。
 びくりと大きな身体が揺れるのを見て、全てを支配した気持ちになった。

「夏油の身体は私のものでしょ」

 大きくて骨張った手だった。これが何もかも自分のものだと思うと、気分がよかった。
 夏油はずっと、熱烈な告白をされたときみたいに、顔を真っ赤にして喜びに震えていた。

「そう、そうだよ…私は君だけのものだ」

 恍惚とする瞳で呟いて、従者のように頭を垂れた。
 晒された首筋を撫でると、とても愛おしく感じた。


痴態
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