いつまでこのままでいられるのだろう。人は変わる。それを止められない。泣く。もう死にそうなやつに薬を回しても意味がない。だからあいつとあいつは薬をやらなくていいからこいつに薬回して。そうして指差されなかった者は次の日には死ぬ。悠仁は考える。 人は簡単に死ぬと知った。あれ、と思ったらもう独りぼっちだった。毎日花を買っていたのに。忘れることなく花を活けていたのに。あの花瓶をどうしたのだったか。捨ててはないはずなのに。目のつかないところに置いたのだろう。思い出したくはない。狂ってしまう。寂しい。その乾いた空気の隙間からあの人を探す。今際の際にどんな顔をしていたのか。思い出さないように記憶を奥へ奥へと押しやる。色々なことが億劫だ。 正しいところへ行きたいとずっと思っている。別に薬なんかいらない。治らなくていい。ただ間違っていなかったと思って死ねたらいいと思う。最後に買った花は確かガーベラだったと思う。希望なんてないのに。 「悠仁、次はスイートピー買ってきてよ」 毎回、見舞いには向かないような花を強請れらた。 「花言葉知ってるよ、俺」 「別離ね」 「ぜったい買ってこないから」 日に日に唇は青くなっていった。肌が白い。床も壁も何もかも白い。嫌な白さだ。忘れたい。 「じゃあ百合の花で」 「匂いきついんじゃなかった、あれ」 「でも私の好きな花だし」 「△さん」 黒いやつがいいな、と泳ぐ瞳は虚ろだった。 「黒とか、縁起悪そう」 「花言葉は呪いね」 「最悪じゃん」 仕返しに、次はバラとか買ってきてやろうと思って、その日はそのまま帰った。そうしたら次の日あっさりと死んだ。ああ。最後になんかもっと言えばよかった。 「え」 後悔してた。ずっと。 「やあ」 だから、あの人が俺の影からひょろひょろ出てきて、呪いになっちゃった、なんて言われたときには本当にびっくりして死ぬかと思った。 「え、△さん」 「なんかね、悠仁から離れたくないって思ってたら、こうなってた」 ねえ、びっくりだね。お気に入りだった黒いワンピースを着て、あの人は影の中で透き通っていた。 「△さん」 そっと触ると、なんとなく形があるような、うまく説明できない感覚が指先に伝わった。 「…触れる」 「悠仁はあったかいね」 「わかんの、俺の体温」 「わかるよ」 よかった、と思った。指を飲み込んでよかったと初めて思った。 「俺、ずっと、後悔してた」 「知ってる」 「ずっと見てたの」 「ごめん、見てた」 「俺、呪われてよかった」 なにそれ、と透ける指先を掴んで今までにないくらい泣いた。黒い影がずっと甘かった。 君の左心室より |