一年経っても、目は虚ろなままだった。 「△ー」 ベッドから起きられない。目の下の隈が消えない。夜にうなされる。足元から黒い影が這い上がる。 「もうお昼になっちゃうよ」 枕の上で疎らに広がる髪を掬い取る。髪が痩せたな、とベッド脇にしゃがんだ。 「五条」 「なに」 「傑は?」 「いないよ」 「なんで?」 「僕が殺したから」 食い気味に言うと、掛け布団の下で痩せた膝を抱えて、小さくなってしまった。 「△」 「ごめん」 「いいんだよ」 分かってるのにと、何度も呟く。目尻がいつも赤い。それを見るたび、神などいないと五条は思う。 「△、キスしていい?」 返事も聞かぬうちに、そっと身体を起こして、目尻を舐める。こんな時でさえ、女の涙は甘かった。 「△、僕のこと、代わりにしていいから…僕がすること全部、傑にしてもらってるって、思い込めばいいから」 なんでもいい、と五条は思う。代わりでもなんでも。とうにこの心臓はこの女のものなのだ。握り潰されて燃やされても、それでもいいとさえ、思う。 「五条」 「本当に僕はなんでもいいんだよ…お前が好きだから…昔からずっとずっと…キスするときだって、傑にしてもらってると思えばいい…俺のこと傑って、呼んでいいから…お前を抱いてるときだって…傑って呼んでいいから…」 だから、その肌を求めることを許してほしい。欲しくて欲しくてたまらない。我慢できない。触って、生きているって、安心したい。 「そんな、酷いこと」 「酷くしていいよって、いつも言ってるでしょ、お前の好きな男を殺した奴なんだから、憎いだろ、酷くしていいから」 頬を伝う指も、痩せたよなと、ぼんやり思う。目が窪んでる。涙も枯れたか。干涸びた唇をなぞる。 「悟」 柄にもなく動揺した。 「…お前…僕の名前…」 下の名を呼ばれたのは初めてだった。 「悟、君は優しい、神様みたいなひと…」 「神なんかじゃ」 「ううん、君はとても綺麗で優しい…神様みたいなひと…だから、憎くなんかないから…」 そう言ったときの女の顔。一生忘れないと、五条は思う。 「△、僕は、お前を愛してるよ」 この女に、真に愛されなくともよいと。その唇が己の名を呼ぶのなら、それで十分。 もう寂しさに泣かなくていいよ |