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「夏油いる?」

 扉を控えめにノックされた気がして、見に行ったら、好きな子が立っていた。こんなに夜遅いのに珍しい。カーディガンを着ているのに何故か生脚だ。脚出してると寒いんじゃない?と言いかけてやめた。

「どうしたの?もう夜遅いだろ」
「いや、寒いなと思って」
「それで?なんで私の所に?」
「あっためてもらおうと思って」
「へえ…」

 この子はこういうところがあるなと、前から思っていた。可愛いが、タチが悪い。

「男に向かってそんなこと言ったら、勘違いしちゃうよ」

 はて、と彼女は首を傾げた。

「夏油に限ってそんなことある?」
「随分と私のことを信用しているようだね」
「だって夏油ってママって感じ」
「ママ…」

 ママか…と少し項垂れる。そんな風に思われていたとは予想外だ。せめてパパだったらよかった。いややっぱりパパも嫌だな。

「残念だけど、私はママみたいに優しくないよ」

 嘘だあ、と好きな子は長袖の隙間で笑った。

「夏油ママはいっつも優しいじゃん」
「それは相手が君だからさ」
「ええ、じゃあ、本当は優しくないの?」
「優しくない私が見たい?」
「見たい」

 興味津々で前のめりになる。いいよ、と細い腰を引き寄せた。

「エッ」
「優しくない私が見たいんだろう?」
「え、え、なにするの」
「優しくないこと」

 え、それ、なに、と目の中がぐるぐる回る。ぐっと顔を近付けると、驚いて少し涙目になってしまった。それすら可愛く思えて、頭の中でちょっと反省した。

「優しくないことって、なに?」
「君の唇に噛み付いたり、無理矢理服を脱がせたり、かな」
「え…」
「ほら、優しくないだろう?君のことを滅茶苦茶にしてやりたいって、思ってるんだよ」

 だから勘違いさせるようなこと言っちゃダメだよと、念を押すと、彼女は涙の滲んだ瞳で笑った。

「じゃあ、それ、やってほしいな」
「えっ」

 次に驚くのは自分の番だった。いいのかい?と小声で聞くと、ますます面白そうに彼女が笑った。

「やっぱり、夏油は優しいよ」


優しい味で牙をむく
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