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 その女は呪いに愛されていた。

「黒百合だって」

 庭に黒々と生えていた。よく手入れがされていて、綺麗な庭だった。

「必ずここで死ぬんだ」

 女の家系は必ず長女に呪いが継がれていた。その女も例にもれず呪われた。

「皆この庭で死ぬ」

 何から生れ出た呪いなのかは分からなかった。ただ呪われた女は必ず二十五で死んだ。

「あなたも二十五で死ぬんですか」

 さあ、と女は至極どうでもよさそうな顔で花弁を撫でた。黒百合が重たく頭を垂れる。その花の影からどくどくと呪いが手を伸ばす。呪いにとって女はさぞかし甘いのだろう。

「今まで誰も祓えなかったからね」

 あの五条悟でさえ祓えなかったのだった。呪いは女の心臓の絡みついて、祓えば女も死んでしまうと言っていた。あれこれと手を尽くしたのに、呪いは日に日に心臓に食い込んで女とひとつになろうとするのだった。

「俺はあなたを死なせたくありません」

 論理的思考は持ち合わせなかった。ただただこの女が死ぬのが嫌だった。呪いを解いても解かなくてもこの女は死ぬ。この地獄を否定したくて黒百合を一輪引きちぎった。

「乱暴だな」

 恵、と血色の悪い唇が己の名を呼ばう。それが好きで、手放したくなかった。

「悔しいんですよ」

 何もできない。何もしてやれない。時間がないのに。焦っても何も生まれない。悔しい。腹が立つ。女を失うのは怖い。怖いだけで何にもできない。振出しに戻る。この繰り返し。

「恵が死なないでほしいと願ってくれているだけで、もう充分だ」

 女は死ぬのなんか嫌じゃないみたいな顔で笑った。それに今までで一番腹が立った。

「△さんが良くても、俺は絶対に嫌です」

 引きちぎった黒百合を日陰に落とす。ずるずると玉犬と共に闇の中に引き込まれる。両頬に添えた手の中で、女は数回まばたきした。

「恵、黒百合の花言葉知ってるかい」
「呪いでしょ、知ってます」
「私にぴったりでしょ」
「△さん」

 肌が良かった。白くて、黒い花を添えると作り物みたいに綺麗だった。忌々しい色が一等よく似合った。黒百合が似合うと思ってしまう自分が嫌で、唇を噛んだ。

「似合うけど、似合いません」
「なんだそりゃ」
「呪いなんて、△さんに似合いません」

 抱き締めると、すごく細くて、なんだか泣けた。

「俺とちゃんと生きてください」

 ずっと泣きたいと思っていたのに、この女を好きになってから初めて泣いた気がした。

「恵」
「俺のことが好きだって、言ってください…」

 肩が細い。肌は白い。無くなりそう。それが怖い。女はいつも、好きだと言ってくれなかった。死ぬのが分かっているからなのか。それでも好きだと言ってほしい。そうしたら、呪いを祓うのを諦めて、この女と一緒に死ねると思った。

「でも、そしたら恵、これから生きていけなくなっちゃうでしょ」

 ね、と念押しするように言われる。その血の通っていなさそうな、冷たい唇が欲しいのに。

「△さんと一緒に居られないなら、生きていても意味ありませんから、だから」

 揺るがない決意が欲しい。そう言うと、考えておくよ、と女はもう一度黒百合の花弁を撫でた。

「俺はあなたが好きです」

 早く好きだと言われたい。自分もこの女と一緒に死んでいいのだと思わせてほしい。だから何度でも言う。うっかり口が滑って、同じ呪いを背負えるように。

「愛してます」

 一思いに言って欲しい。間違いでもいい。絶対に聞き逃さない。嘘でもいい。なんでもいい。ただ黒百合と共に道連れにして。


ぜんぶ嘘でいいのに
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