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 夏油がよく便器にしがみついて胃の中のものを吐き出しているのは知っていたが、見ると嫌がるので、いつもは放っておいていた。

「オエッ」

 たまたま扉が少し開いていたのを、見て見ぬ振りが出来ずに、思わず部屋に入ってしまい、あ、と便所で視線がかち合った。

「…△……」
「ごめん、開いてたから、つい」

 鼻の先に堪える。吐瀉物の臭いがする。よくない臭いだ、と思う。
 夏油が最近少し痩せたのを、五条と家入は気にしていた。
 でも心配する素振りを見せると夏油が嫌がるので、みんな黙って伸び切った黒髪を見ていた。

「苦しそうだね夏油」
「あ、ああ…」

 目を細めて、それから静かに口の端を拭った。

「…地獄には」
「え」
「地獄には、餓鬼がいるらしいが、夏油」
「…餓鬼」

 そう、と夏油の顔を見ると、脂汗をかいて、唇の端が割れていた。

「餓鬼には種類があって、人の糞尿や嘔吐物を食すものがいるらしい」
「へえ…」

 夏油に嫌そうな顔をされたが、気にせず便器の中を覗き込むと、吐くものもなかったのか、透明な液体が浮いていた。

「…それで、その餓鬼がどうかしたのかい?」

 夏油は終始嫌そうだった。嫌そうというか、泣きそうだった。
 人は、餓鬼道に落つれば、生前の所業に応じて、相応の罰を受ける。
 飢え苦しみ、食物を手にすれば火に変わり、糞便を食っても満たされぬ。
 夏油にとっては、この世が冥土で、閻魔界で、朝起きるたび、火に焼かれるほど辛いだろう。
 でも、餓鬼っていうのは、解釈によっては、救われる道もあるらしい。

「この世は君にとって餓鬼道だけど、陀羅尼による救済っていうのも、有り得るらしいよ」

 傑、と下の名前を呼ぶと、薄い瞼がぱちっと開いて、涙がぽたりと床に落ちた。

「傑、君のために、呪文を唱えてあげる」

 え…と呟いて、短い睫毛がちょっと揺れて、涙がぽたぽた床に落ちた。
 その涙の上にしゃがんで、酸っぱい唇に口づけると、乾いた髪が頬をかすった。

「え、あ…△、君、いま」
「傑、君がいるなら、ここが地獄でも、いいし、なんなら私も、君と一緒にゲロ食って生きていったって、全然いいよ」

 なんで知ってるの、と、夏油は私に聞き返さなかった。
 知ってるよ、なんでも。君が私を好きだから、隠してるつもりでも、なんでも筒抜けなんだよ。だから、呪霊がゲロ雑巾の味だってことくらい、当然知ってる。

「…ね、傑のゲロってさ、めっちゃ酸っぱいね」

 ねえ、と口の端を舐めると、夏油の涙が瞳の中でゆらゆら揺れた。
 それが何粒も、私の頬にぼたぼた落ちて、ゲロ臭い便所の中で、夏油は私を抱き締めてずっと泣いた。


神様、あんたほんとは居ないんだろ
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