juju | ナノ





 あのひとに名前を呼ばれるだけで、夢みたいな心地になる。脳みそが全部溶けてなくなる。はしたないくらい欲しくなる。

「△さん、こっち来てください」

 前に、欲張りだって言われた。確かにそうかもしれない。だって、欲しいものは欲しい。特にあのひとのことは。

「私が側にいないと、君は情緒不安定だね」

 可笑しそうに笑うその顔が好き。目元が少しきゅっとして、尖った犬歯で笑う。噛まれたい。肉を噛んで、血が溢れるまで噛んで、痕になればいい。その痕をなぞって、自分はあのひとのものなんだって、満足したい。

「俺、あんたがいないと不安です」
「今日は素直だね」
「そうですか」
「そうだよ」
「あんたの…いや、あんたに、」

 言いかけて、やめた。はしたないって、思われても嫌だ。

「なんだ、先が気になるな」
「いや、」
「勿体ぶってないで、教えて」

 恵、って、艶のある声で言われる。それに逆らえないことを、このひとはよく知っていて、悪用する。
 いいように手のひらの上で転がされるのが、こんなに気分がいいなんて知りたくなかった。
 もう戻れなくなる。心臓の形なんか何もかもない。このひとのせいで、何もかもぐちゃぐちゃだ。

「恵、君はもっと、はしたなくていいよ」
「は」
「もっと欲張って」

 ねえ、と長い睫毛で誘うように言われる。

「…俺、あとで文句言われても聞きませんよ」
「いいよ」

 なんでもいいよと、赤い舌で笑う。その柔らかい体を押し倒して、鎖骨に噛みついた。


たとえばあなたに噛みついたとして
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