juju | ナノ





 いまから読み上げる日記は彼女の机の上に雑然と置かれていたのだった。

「私は今日死にます。ただ死にます。なんの理由もなく、自由に飛び立ちます。海へ飛び込む予定です。飛び込むのに、飛び立つという表現はなんだかおかしな感じがしますね。これは逆墜落とでも言っておきます。海という名の空へ逆墜落するのです。薬は35錠飲み下しました。本当に、私の死に関して、理由など何ひとつありません。あえて理由をつけるのならば…私の死に関して、無理矢理にでも理由を見出したいのならば…私は、私のなかの哲学に基づいて死ぬのです。人が生きることに理由などありません。ならば、死ぬことにも、理由などないのです。ただそれだけです。幼稚だと思うなら笑うがいい。冷たい海水に溺れ、窒息し、判然としない意識のなかで、私はいままでの生についての一切を思い起こし、そしてやがて心臓が止まり、からだが膨れ、腐り落ちる前に魚がそれを啄み、残った骨は砕けて沈む。理想的な最期です。では、また、どこかで逢いましょう。さようなら。」

 彼女の日記を砂浜の上に置き、七海は静かに揺れる波を眺めた。
 この日記は、たぶん、自分宛ではないかと、七海は思う。

「まったく、勝手なひとだ」

 白波の打ちつける音…砂浜を踏み締める感触…風の温度…瞼を透ける太陽の光…すべてが鬱陶しい。
 彼女がいるときは、あんなにも輝かしかったというのに。

「残念ですね、ほんとうに」

 だが彼女の死に関して一切の文句を言うまいと七海は思う。
 ただ残念に思うことは、彼女の死顔を見られなかったことだ。
 ただそれだけに尽きる。

「死してなお、あなたは美しかったでしょうに」

 残念ですね、ともう一度言って、日記を砂の上に置き去りにしたまま、七海はその場からそっと離れた。
 風に捲られた最後のページに、あいしていますと、走り書きだけ残しておいた。


遺書
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