juju | ナノ





「△」

 生まれて初めて見惚れた。目が離せないという感覚を知った。空気の中を流れる毛先が、とてもゆっくりに見えた。

「△」

 欲しい、あれが欲しい。綺麗な髪、潤いのある瞳、柔らかそうな躰、一瞬の香りが鼻の奥にずっと残っている。

「俺を見ろ」

 怖いのか、首筋を舐めると、全身の皮膚が粟立って、震えた。

「怖いのか」

 首筋が柔い。甘い。髪を撫でると、指の隙間から髪がぱらりと拡がった。欲しい。

「怖くないよ」

 だって手が優しい。震えながら自分の手首を握る女は、涙に潤んだ瞳で自分の下に組み敷かれていた。その顔に、ちょっと欲情する。

「ではなぜ震えている」
「嬉しくて」
「無理矢理されるのが嬉しいか」
「無理矢理だと思ってるのは君だけだ」
「俺は半分呪霊だぞ」

 酷くするかもしれんぞ、と脅すと、威勢がいいね、とくつくつ笑った。

「君のように優しい男が痛くなんてできっこないだろうに」
「見くびられたものだ」
「でもどうせ優しくしてくれるんでしょ」

 ね、と念押しされる。女の体の下に腕を回して、躰を緩く抱き寄せると、そうかもしれないと思った。好きだから、女が好きだから、どうせ酷くなんかできないのだと思った。
 心臓が溶けるほど甘くしてしまう。痛くなんてしたくない。そっと触ってあげたいし、触ってあげる。そう思うと何だか、恥ずかしくて、顔を背けた。肩口でぼんやり考え事をしていると、また女が笑った。

「だってもう優しいもんな」
「…俺は酷くしてもいいんだぞ」
「ごめんね揶揄って」

 べろ、と今度は唇を舐める。ああ、と歓喜のような声を出して、女が目を瞑った。



惚れられた強み
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