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 油断していた。赤い血潮の中で、一瞬、音もなく静かだった。

「△さん!」

 悠仁の大きな瞳が、溢れそうなくらい見開かれて、その瞬間に呪霊が潰れた。

「悠仁」

 辛そうに呻く呪いの黒さが土に染みる。雨も降る。泥の上に投げ出された左腕が、無様に濡れていた。

「ああ…」

 ただ失ったところがどうしようも無く熱かった。



「腕、治ったんだってね」

 反転術式間に合ってよかったね、と悠仁はほっとしたように微笑んだ。

「反転術式使えてよかったよ」
「いやほんと、△さんの腕無くなったら、俺どうしよって」
「切れたところが凄く熱かった」
「ちょ、思い出しちゃうから、やめて」

 ぎゅ、と確かめるように左手を握る。筋張った手の甲。少し日に焼けて、皮が厚い。悠仁は手の形がいい。

「よかった、ほんと」

 指の形をゆっくり調べる。悠仁の指が私の指を確かめていく。指の長さ、細さ、爪の形。思わず泣きそうになって、下唇を噛む。

「△さん、くち、噛んじゃだめ」

 ささくれた指先で乾いた唇をなぞる。雨の香りがする。千切れた腕の熱さを思い出す。

「あの時、腕、どうしたの」

 千切れたやつ、どうしたの、と悠仁に聞く。唇を這う丸い爪先が、少し躊躇して、そのまま首筋に食い込んだ。獣の目をしているな、と思う。偶に、悠仁は悠仁じゃないみたいな顔をする。

「どうしたと思う」

 普段そんな意地悪なこと聞かないのに。鼈甲色の大きな瞳が揺れている。潤んで、溢れそう。澄み切った眼差しで、畜生のように血を求めている。自分でも気が付いてない。これはそういう男なのだ。

「食べたとか」
「うーん、違うよ」

 へら、とはぐらかすように笑う。嘘ついてる、と真っ直ぐ悠仁を捉える。

「うそ」

 ね、と確かめるように頬を撫でると、目の下の切れ目が少し笑った。

「はは、何で分かったの」

 丸い爪の形で頬をかく。無邪気な顔をして、この男は私の腕を喰ったという。あのね、と聞いてもいないのに続きを話し始める。

「勿体無いでしょ、△さんの一部なのに」
「勿体無くて食べるとか、悠仁うけんね」
「だって、食べたら俺の体になるんだよ」

 最高じゃん、とうっとりしてこちらを見る。物騒な男に好かれたものだと思う。

「別に、悠仁になら食べられてもいいさ」

 どうせ使い物にならぬ腕など焼いて捨てるしかない。だったらこの男に食われた方がよっぽどいい。

「次もし俺の体が千切れたら、△さんも食ってね」

 もっと混じる。ひとつになる。生命を蹂躙して。道徳に背いて、恥じることなく、交わる。


危ういまばたき
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