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 蹲って嘔吐する女の背を撫でていると、なんだか無性に涙が出た。

「みないで」

 汚いから、と苦しそうに呟いた。口の端を拭う。吐瀉物の中には血が混じっていて、この世の終わりみたいな色をしていた。

「汚くなんてない」

 水を飲ませて口を濯いでやる。げえげえ言いながらそれを吐き出す。女は最後の一滴まで吐き出すと、その場に縮こまって少し息をついた。女の吐き出した物を全部きれいに片付けてゆく。その光景を見ていた女は不意にぽろぽろと泣いた。

「なぜ泣く」
「情けなくて」
「病は情けなくないしお前の吐いたものは汚くない」
「ねえ、脹相」

 蛇口から水を流しっぱなしにしながら女を振り返ると、すっかり痩せ細った顔で出会った頃の艶は見る影もなかった。

「どうしてお前も泣きそうなの」

 骨と皮しか残っていない腕で掴まれる。力がなくて、震えていた。白い腕。本当は見せたくもないのだろう。可哀想。苦しそう。女の横で、何もできない己を恥じた。

「脹相、私を見捨てていいんだよ」

 この時この女がどんな顔をしていたのか思い出したくなくて無意識に蛇口から流れる水に目を戻していた。

「そんな事を、言うな」

 水を止める。蹲み込んで女を抱き締める。細過ぎて泣きたくなる。それを我慢して抱き締める。女は自分に擦り寄ってきて、少し鼻を啜った。この女が一体何をしたというのか。ただただ病を呪う。

「俺が治す」
「そんなに背負いこまなくたって」
「俺が治す、絶対に」

 見捨てるなどするものか。女の病は殺すのだ。女と病とで心中されては堪ったものではない。

「お前の命は俺のものだ」

 出会ったときに誓った。この命は己の魂と一体なのだと。片方が死ねばもう片方も死ぬのだと。だから生きていても死んでいても片時だって女と自分は離れることはない。

「治らなかったらどうするの」
「その時は」

 希望に満ち溢れたような優しい声だったと思う。

「一緒に死ぬ」

 お前を愛しているから。女をきつく抱き締めると、そっと静かに目を閉じた。


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