「▽よ」 細い背中に呼びかける。彼女は動かない。日が沈む。昇ったことが一度もない。それでも花が咲く。水も滴る。だが土は乾いている。 「▽よ」 もう四百年も経つ。枯れた花が散って、雪に埋もれたと思ったら、またいつしか花弁を揺らしていた。骨に堪えるほど匂う。彼女の目蓋が軽やかに持ち上げられて、いままで降っていた雨が止んだ。 「なあに、刑部」 ひたりと目蓋が影をつくる。流れた雨水が月を濡らす。 「▽よ、ぬしはいつまでそうしやる」 細い背中に呼びかける。彼女の肩がゆらりと動いて、自分をみる。瑞々しい唇がゆったりと、約束したの、と言った。 「私、約束したの」 「約束、とは」 「約束したの、ずっと前に」 約束したのとしきりに言う。眼の前に流れる黒い河の流れに身を横たえて、待っているの、と目蓋をおろした。 「やれ、ぬしはいつまで待つ」 「あのひとが、来るまで」 「はて、それは一体誰であろ」 「それは」 ひたりひたりと河に沈む。雨水に濡れた月が沈むことはない。 「あんた」 はやく、億劫の時が流れればいい。 口無の花 |