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手慣れた様子で刷毛を動かす彼女の手元を、自分はさっきからずっとみている。マニキュアをするのは休みの日に自分とデートをする日だけと、彼女のなかで決まっているようで、普段は全然マニキュアなんてしないのだが、こうして休みの日になるとせっせと小さな刷毛を動かしている。今回は赤を選んだらしい。熟れた林檎のような、苺のような、もっといえば、まるで血のような。鮮やかな爪は小さくて、そしてとても形がいい。

「ねえ、ネイルしてるのみてて楽しいの?」
「うん?いやあ、べつに楽しいわけじゃないけど」
「あは、じゃあなんでみてんの?」
「ええー?なんでって……なんでだろ?」
「あははっ、自分でもわかんないのかよ」

さすけ変なのー、くすくす言いながらもやはり手慣れた動きで彼女の爪は彩られてゆく。赤い。ほんとうに、飲み込まれるような色をしている。ちょっと食べてみたい。

「うーし、できたできた」
「え、なに、完成したの?」
「まあね、あと乾かしておしまい」
「へえ…なに、これから乾かすの?めんどくさ」
「なんだよ…彼女が頑張ってかわいくしてんだからいいじゃん」

真っ赤な短い爪を目の前にかざして、彼女は満足そうにしている。赤いネイルとか、正直あんまり好きじゃなかったのだが、彼女限定できれいだなあなどと思うようになってきた。自分はわりとお洒落には疎いほうだ。

「あ、ねえ佐助」
「うん?どした?」
「佐助ってネイルしてる子きらいだったんだっけ?」
「え、今それきくの?」
「うん」

で、きらいなの?そんなこと単刀直入に訊くのか。赤い爪は電球の光を反射して、それをまじまじと眺めながら彼女はマニキュアの乾き具合を確かめている。なんと答えたものか。こう言うときに気の利いた台詞を吐けるほど、自分は恋愛慣れしていない。彼女が、実は人生初の恋人であったりする。

「俺様は、なんつーかな……基本的に赤い爪とかは、なんか、魔女みたいであんま好きじゃないんだけど」

右手で頭を掻きながら言う。魔女みたい、変なの、でも確かに魔女みたい、と彼女はくすくす笑う。

「でもね、俺様、▽の爪はすごく綺麗だし、形もちっちゃくて可愛いから、▽がネイルしてんのは、結構好きなの」

ちら、と彼女をみやる。一瞬瞬きして、先程の続きのようにまたくすくすと笑う。

「佐助さあ、たまにすごいポエミーなこと言うよね」
「え、ポエミー?なにそれ、そんな恥ずかしいこと言った?」

言ってるよ、本当にね。乾いた爪を撫でて、俯く彼女の顔が赤い。マニキュアなんかよりずっと赤い。赤い。ちょっと食べてみたい。




ロマンチスト死す
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