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自分には姉以外に家族がいない。だが両親や祖父母をとうに失ったという意味ではない。正確に言えば、姉以外の人間を家族とみなしがたい、否、みなせないといったほうがいい。

「ねえさん」

昔からずっとそうだった。子供のころからずっと。この世に生を受けた瞬間から、ずっと、元就の家族は姉しかいない。

「姉さん」

自分の姉は聡いひとだった。頭がよく切れて、つねに理論的で冷やかな視点から俗世を眺めるひとだった。幼いころの自分にも、それは良く分かっていて(両親や祖父母が嫌味なくらいに姉のことを褒めていた)、十八になった今でさえ、姉への強烈な憧憬は元就の心を支配している。

「元就、おいで」

でも、冷徹なひとかと言われればそうではなかった。優しかった。反吐が出そうなくらい。甘ったるいココアみたいな、底なし沼みたいな恐ろしいくらいの優しさで自分に接した。

「元就、姉さんが好きか?」

好きに決まっていた。姉さんにこう訊かれた時、自分はいまにも溢れそうなこの愛を、このひとにどうやって伝えたらいいのかわからなかった。姉さんは、なんの他愛もないことを訊いただけだったようだけども。自分はこのひとを愛していた。ほんとうは、ぐちゃぐちゃになるまで抱きしめて、愛を囁いて、くちづけをして。でもそれは叶わないのだと、中学生の時に気がついた。

「姉さん、あいしています」

まるで死人に薄化粧をしたみたいに、うつくしく眠る姉の額に、やわらかく、かさついたくちびるを押しあてたのは、もう、数えきれないくらい。弟の自分にはこれが精一杯である。ただ、ひとつ、この気持ちに気がつかないでと祈るばかり。




朝まで静かに眠りたい
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