声が無いのを初めて憎んだ。女の名前も呼べない。悔しいような気がする。噛んでしまいたい。首もとをかきむしる。でも声は戻らない。小太郎は女に愛を囁いてみたい。自分でも可笑しいと、思わず苦笑する。 「なあ、小太郎、接吻でもするかい」 女がせがむ。愛しいと思う。億劫の魂を吸ってきた、この血に濡れたくちびるで、女に触れてよいものか。女は笑っている。 「ほら、ね」 女はにやにやと笑っている。小太郎は顔を近付ける。ひゅ、と息をするようにくちびるが触れる。じわじわと、気だるいような接吻が互いの心の闇を埋める。 「、明日もまた、忍ばなきゃね」 ねえ、仕事だから。女が名残惜しそうに口を離す。それを、両手で引き寄せて、また口を奪う。怖かった。忍ぶのは恐ろしくない。ひとを殺めるのがなんだというのだ。ただ、この女から離れるのが、そればかりがひどく恐ろしい。 「......、....」 また明日も魂を吸う。女は小太郎に寄りかかる。小太郎は、すがるように、女を抱き締める。ただただ、いまはこの純潔なひととひとつでありたい。 きみの元素のひとつになるために必要なこと |