text | ナノ





水の音がする。蝉が鳴く。煮られたように暑い八月で、漸く向日葵が咲いていた。大阪の夏は過ごしにくい。着物が異様に重たくなる。普段は血色の悪い自分も、流石にこの季節だけは、一寸肌が赤くなる。それで、女は毎年夏を喜んだ。

「三成、あんたには、夏がいいよ」

女が、空の下で綺麗に笑う。少し悔しいが、女は、向日葵が似合う。なんだか黄色の狸が恨めしい。それでも、この女には夜が一番似合うから、夏にしか咲かない向日葵なんかより、よっぽど誇らしい。

「私は、夏は好まん」

ふい、と顔を横に向けると、なんだ、と女が見透かしたように言ってきた。

「あんた、妬いたかい、三成」
「……なぜわかる」
「顔に書いてるよ、あんたは嘘をつくのが下手だね」

くすくすと女が笑う。夏のくせに、女のほうは自分と同じように肌が白い。水だ、と思う。いつか透き通るかもしれない。

「貴様こそ、嘘をつくのが下手だ」

この女は、正直だ。どこぞの下女のように、上手いことも言えない。その代わり、蓄えている言葉の数は相当だ。

「そうだね、あんたも私も、器用でないからね」

そうだ、と思う。いつか狸の言うように、自分たちは果てしなく哀しい。殺すだけ殺して、肉を裂く。涙も流れない。自分たちは、恐らく、地獄にいく。

「▽」
「どうした」
「私は、地獄におちるか」
「そうだね、私もだ」
「ならば、次は、蝉になるぞ」

そうだね、と女が言う。嬉しそうだった。いつか成れる。土の底で緩く眠って、そうして、地上に出れば七日で死ぬ。八日目には目蓋をとじて、きっと土に還る。美しき蝉。地獄のあとは、自分たちは土の中で息をする。




瞳の底にあらんこと
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -