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小さな頃、夏に女に逢った。着物を着ていた。浜に座っていた。すると自分に気がついて、半分に欠けた貝に海水を掬って、綺麗だろうと、見せてきた。なるほど綺麗だと思った。自分が眩暈のするほどに幾度も首を振ったら、そうかい、と嬉しそうにして女は貝を砂に埋めた。ちょっと、自分は貝が羨ましかった。

「我はあの時、確かに嫉妬したのだ」

二遍目の夏だ。着物と皮膚との間の汗が憎たらしい時分だ。丁度、向日葵の咲く季節だから、いままでずっと黙っていた。その日の昼に、流石に我慢のならなくなって、浜に出た。はたして女がいた。着物を着て、貝のなかに塩水を掬って、綺麗だろと訊ねてきた。綺麗だと自分はうなづいた。女は嬉しそうだった。

「そうかい、御前はわかる子だね」
「……そなた、安芸のものではあるまいぞ」
「そうだね、私が寝起きするのは瀬戸内だからね」

女は着物を着ている。袖からはみ出した腕には、鱗がある。女は尾鰭を持って、水の中で息ができた。女の心臓は水中でしか動かない。

「そなた、いつから瀬戸内に生きておった」
「忘れたな、多分、御前の生まれるずっと前だよ」
「我を知っておるか、あの夏を覚えているか」
「覚えてるよ、御前、確か五つだったね、元就」

名前を呼ばれてぞくりとした。女は嬉しそうだった。

「……また、会えるか」
「御前がそれまで生きてたらね」
「生きようぞ、我は天下分け目の勝利者なり」
「そうだったね、御前は生きるね、きっと死なないね」
「そうだ、そなたも、きっと死なぬ」

そうだね、と女は嬉しそうに水の中に這入っていった。自分は女の埋めた貝を掘り出して、接吻をした。次に会えばもう口吸いなどできぬだろうから。




つぎはぼくの心臓をみせてあげよう
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