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小さな頃からずっと刀を振るっていた。それでよく手に肉刺ができた。よく転んだ。そのたびに膝小僧を擦りむいて、血が出た。柔らかい手の皮が剥げて、そうして薄い色の肉が空気に晒されて、とてつもなく、痛かった。よく覚えていた。

「佐吉」
「はい、▽様」

そうして手の皮が剥げて、膝の皮も剥がれて、肉の乾いた頃に▽様に呼ばれた。滲みったらごめんよ、けれども武士なら我慢をおし。と真白い細い指で注意をされて、はい、と返事をして、いいこだと頭を撫でられた。真白い指が自分の頭を撫でているんだと思うと、嬉しくて、恥ずかしくて、どうしようもなくなって、痛んだ首をもたげて赤くなっていた。▽様の指が、ほんとうに、愛おしかった。

「佐吉」
「はい、▽様」

背の丈もとうに▽様を越した。年も二十になった。刀も竹刀ではなくなった。きちんと切れるのになった。命を吸い取れるようになった。肉刺も擦り傷も痛くなくなった。自分は三成になった。それでも真白い指は佐吉を呼ばう。

「おいで、そら、また肉刺ができたろう」
「はい、ですが、私は平気です」
「いや、手が痛いと泣いているよ、佐吉」

おいで、と隣を指さされる。自分は平気だ。痛くもなんともない。それでも行く。自分は隣に座る。ほんとうはその指が欲しくて堪らない。

「おや、今日は随分とひどいね」
「はい、少々、振りすぎました」
「ほら、これだから佐吉はいけない、無理をする」
「いえ、私は無理などしておりません、▽様」
「いや、おまえは本当に無理をする子だよ」

佐吉、と呼ばれる。細い指が愛おしそうに傷を舐める。ずっと消えなければいいと思う。このまま、傷が膿み続ければいい。その指が欲しい。そうして赤くなっていると、同じく赤い唇が包帯を巻き終えたことを告げた。

「そら、終わったよ、佐吉」

佐吉、と言う。赤い唇がそう呼ばう。違う、と思った。自分は佐吉ではない。

「▽様」

思わず、口をついた。

「私はもう、佐吉にはございません」

止まれ、と喉の奥が鳴る。それでも舌は止まらない。

「私はもう、三成なのです」

乾いた唇で言う。自分は三成だ。すると黒いまなこが少し揺れて、そうして、口の端が緩んだ。赤い唇が弧を描く。自分はこれが欲しかった。

「そうか、そうだね、なあ、三成」

白い指は頭を撫ぜない。代わりに自分の頬を舐める。赤い唇は笑っている。自分を三成と呼ばった。佐吉でなかった。三成と、呼んだ。▽様が、生まれて初めて自分を三成と見た。自分は漸く三成に成った。漸く、この御方から、接吻を賜った。歓喜に震えて死にそうになる。




常の闇を愛した栄光
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