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「僕には時間がないんだ」

半兵衛が薄い唇を僅かに広げて言う。そしてすぐに、げほげほと枯れた喉で血を吐いて、そうして、掌を真赤に染めて座り込んだ。苦しそうに胸を掻きむしって折角の綺麗な装束に染みをつけて、しまいに口の周りも化粧のように赤くして漸く落ち着いた。

「僕には、時間が、ないんだ」

血を吐いてもなお、時間がない、時間がないと言って兵法の書物を血で汚す。狂ったみたいに書物を捲り続ける半兵衛の後ろ姿が痛々しい。

「――半兵衛」
「……なんだい、▽」

縋り付くような、苦しげな瞳が向けられる。色素の薄い唇が僅かに震えながら自分を呼ばう。

「半兵衛」
「なんだい」
「あんたの病、食らってやろうか」
「は」

爪の伸びた指先で喉元を捕まえる。ひゅう、と息を吸い込んで、微かに、彼は畏怖していた。

「あんたの病、食ってやるよ」
「▽」
「食ってあげる、平気」

肉の薄い唇が震えながら、弧を描く。平気、ともう一遍つぶやくと、そうかい、そうか、と嬉しそうにして目玉を舐められた。

「――ああ」

歓喜にも似た吐息をこぼして、そうして、死んだ。




君の笑顔なんて、記憶にない
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