仕事がひと段落つき、目を通し終わった資料をテーブルの上に置いた。
ふと時計を見ると針は24時過ぎを指していた。
真っ暗な窓の外を眺め、一つ呼吸を落とす。
そうだ、そういえば……
「竜崎」
こちらもまた資料に目を通していた白いTシャツを着た猫背さんに声を掛けると、資料から目を離して私に目線を向けた。
「なんですか?」
「ちょっと屋上行かない?」
「屋上…?また、なぜ」
「いいじゃん、息抜きにさ。もうこんな時間だし、竜崎も仕事ひと段落ついてるでしょ?今日はもう終わり!ね?」
竜崎の隣に座ってお願い、と手を合わせると、竜崎は仕方ないといったようにはぁ、とため息混じりの相槌を打って資料から手を離した。
あまりに嬉しくて、立ち上がって少し強引に竜崎の腕を引っ張りながらエレベーターへと向かう。
思えば、竜崎と外に出たことなんてあっただろうか。
エレベーターから降り、外の空気に触れる。
竜崎と一緒に感じれるこの空気がとても心地よい。
「夜だから涼しいねー。風が気持ちいい」
「そうですね」
そんな短い返答ですら私にとっては幸せで。
二人で夜仕事をすることはあっても、いつも言葉は交わさない。
他の捜査員がいる時にみんなで話したり、私がお茶を出す時や、先に上がる時に声をかけるくらいだった。
それが今二人で外に出て、ましてやお茶出しや挨拶以外の会話をしている。
その事実だけで口元が緩むほど嬉しい。
「今日は月が見えないですね」
「あ、そうなの!今日は新月って言ってね、月と太陽が重なってるの」
「そうなんですか、どうりで」
「月が見たかった?」
「まぁ、月もいいですが…そのお陰で星がとても綺麗に見えます」
そう言って空を見上げる竜崎の横顔を見て、自然と笑顔が溢れる。
「竜崎は夜空が似合うねー」
「そうですか?」
「うん、凄く綺麗だと思う」
「…………」
「あとね、新月の時にお願いごとをすると、願いが叶いやすくなるんだよ」
何をお願いごとしようかなーとか、もうとっくに願いなんて決まってるくせに、とぼけたことを言ってみる。
なんだか恥ずかしくて、目線は上を見たまま。
だけどその時、肩の辺りに温かい空気を感じた。
「竜崎?」
そっと横を見ると、明らかに近くなった私と竜崎の距離。
私を見たまま動かない竜崎に、違和感を覚えて再度問いかけた。
「竜崎…?」
「あの…」
「うん?」
「…………」
「ん?」
「…あなたも、とても綺麗です」
ぎこちない。竜崎の優しい声が伝わる。
その言葉に一気に顔が熱くなって。
あぁ、きっと今の私は真っ赤だ。どうしよう。
目線を外して下を向いた竜崎の表情は読み取れなくて。
ただただ私はありがとう、と震える声で言うことしか出来なかった。
新月のお願いは
出来ることなら二人で
一緒に幸せになりたいなー、なんて。
「えっ……」
「え?」
「それは、本当ですか?」
「え?何が?」
「二人で一緒に幸せになりたいと、そう聞こえました」
「……嘘!?声出てた!?」
「……………私」
「は、はい…」
「願いごとをしたのは初めてです」
「う、うん……」
「そして、願いごとが叶ったのも初めてです…」
「え、てことは」
「はい、両想いというやつです」
竜崎の頬が少し赤みを帯びて見えるのは、暗い夜空の下で色がハッキリしないから。もしくは、私の都合のいい気のせいだろうか?
でもそんなのはどうだっていい。
私の願いも叶いそうだね。
そう言って、どちらからともなく、お互いぎこちないその手を繋いで寄り添った。
おわり。