静雄は臨也みたいにごちゃごちゃ理屈をこねるタイプの人間が嫌いだし、臨也は静雄をからかうのが好きだ。そのふたりが一緒にいるのだから、どうしてもいさかいが生じる。
簡単に言えば、臨也が静雄のキャパを超えるほどの苛立ちを与えて、それに静雄がキレる。そんないつもと何ら変わらない喧嘩の真っ只中だった。

だから、原因など実はどうでもいい。
今、一番重要なのは、臨也と喧嘩をしているという事実だ。

「写真が撮れねぇ」

静雄が困っていることをかなり要約して話せば、つまるところそれである。臨也の写真が撮れない。彼にとって恋人である臨也を撮ることは、かけがえのない趣味なのだ。

代わりにと、屋上から青空を撮る。綺麗に晴れ渡る空よりも、少し雲が混ざった様子の方が静雄の好みだ。そういう空は、夕焼けや朝焼けがひどく美しい。
けれど、好きな空の光景を見ても、晴らされぬ心のうちがある。
わかっている。こんなのはごまかしでしかないと。臨也という最高の被写体に会ってしまった後では、静雄にとって空を撮ることは子供騙しでしかない。
プロのカメラマンなら、まるで幻想のように空を撮ることができるだろう。
しかし、静雄にその技術ない。あるのは、臨也を映す自分の写真に対する自信だけだ。

ため息を吐いて、屋上から校庭を見下ろす。ぱらぱらと下校する人影をぼんやり見ながら、どうやったら仲直りできるだろう、と頭の中では必死に考えていた。

事の元凶は臨也であるからか、はたまた喧嘩が長引くのが面倒なのか、いつもならば彼が真っ先に譲歩してくる。謝罪ではなくて、譲歩。
臨也は謝ることをしない。それは、自分の行動を全否定することだから、といつか話していた。
「ほらほら、ケーキ買ったげるから、いつまでも怒ってないでよ」という風に喧嘩をうやむやにする臨也の行為が、実はそんなに嫌ではない。
それは、静雄は臨也に対して結構素直じゃなく、他人には簡単に言える「悪い」も相手が彼だとなかなか口にできないからである。
だから、今回の喧嘩のようにいつまでもうやむやにされないのは、正直気が滅入る。
臨也はそこまで怒ってるのだろうか?

「いやいや、何言ってんだよ俺」

今回の喧嘩の発端も、臨也の静雄に対するからかいが原因だった。別に静雄が何かをしたわけではない。
じゃあ、何で臨也はいつものように何事もなかったかのように話しかけてこないのだろう?
もしかして、すぐに怒る自分に嫌気がさしたのだろうか? シズちゃんはいちいちめんどくさいなー、とうんざりした顔の臨也を簡単に想像できてしまう。
嫌われた。だから、俺を見ても無視する。

軋むように痛む胸をごまかすようにカメラを下に向けた。まばらに下校する生徒。こんなものを撮ったって、ちっとも満たされることなんてないのに――――


「やめて」


背後からカメラを奪われる。
驚いて振り向けば、ひどく機嫌が悪そうな臨也が立っていた。

「いざ……」
「ダメだよ、シズちゃん。他の人間を撮るなんて許されない。君がレンズを通して見ていいのは、俺だけだよ」

赤い瞳が静雄を射抜く。
臨也が俺を見ている。静雄はそう認識した瞬間、ぽろぽろと涙を流した。
相対する臨也から動揺するような気配がうかがえたが、そんなのどうでもいい。
重要なのは、臨也が静雄を見て、話しかけてくるということなのだ。

「シズちゃん、どうし……」
「嫌いにならないでくれ」
「え?」
「我慢するから。どうにか怒らないようにするから。だから、」

いつの間にこんなに弱くなったのだろう。ひとりでも大丈夫と言っていた昔は、ただの虚勢だったのだろうか?
今ではもう、この嫌いなタイプ一直線な男が隣にいないことに耐えられなくなってしまった。
とめどなくあふれる涙に羞恥を感じ、それを隠そうとしたら臨也に手首を掴まれた。羽交い締めにされたこの格好では、隠すどころか晒されている。
うつむいて見せないようにしようとすれば、手首が解放された代わりに顔を上向かされた。

「だめ。見せて」
「やめっ」
「これは俺への罰だから」

え、と小さく声をあげれば、苦い笑みを浮かべる臨也の顔。

「俺はね、シズちゃんを毎日のようにからかうのをやめるつもりはないけど、君を泣かせることだけはしないと決めていたんだ」
「……」
「だけど今、こうして泣かせてしまっている。大失態だよ、シズちゃん。自分をぶん殴りたい気分だ」
「お前は、怒ってないのか?」
「まさか」

からかったのは俺なんだから、それは逆でしょ? 臨也はするりと静雄の頬を撫でる。

「というかさ、今回は少しからかいすぎちゃったかなって。新羅からも説教されたし。だから、シズちゃんのお怒りが冷めるまでおとなしく反省してようと思ったんだ」
「だから……」
「そう。だから話しかけなかった。まあ、さすがに、君が他のひとを撮ろうとしてたから喋っちゃったけどね」

嫌われていなかった。
その事実にひどく安堵する。身体の力が抜けて、思わず臨也のシャツにすがれば、支えるように臨也の手が静雄の腰にまわった。

「よかった……」
「シズちゃん」
「嫌われて、なかった」
「もう、君は馬鹿だなあ」

至近距離にある臨也の顔は、静雄の涙の跡をなめる。そのくすぐったさに身を竦めれば、額に唇を落とされた。

「俺が君を嫌いになる? さっきから言ってるけど、それは逆だから。逆はあっても、それはないって」

だからさ、と臨也は静雄の髪を優しく触りながら言う。

「ごめんね、シズちゃん」
「え、」
「色々引っくるめて、ごめん」

臨也が謝罪した。
そんな有り得ない光景に半ば呆然としながら、どうにか口から出した言葉はこれだった。

「許してやるから写真撮らせろ」

ぽかん、とこちらもまた呆然とした臨也は、すぐにふわりと笑う。

「いくらでも」





わたしを映して


(あなたの瞳に/わたしだけをそのカメラに)









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