*帰宅部臨也×写真部静雄




写真を撮る行為というのは、何故だか俺を信じられないくらい平穏にさせた。
事実、俺は写真を撮っている時にキレたことがない。ただ迷惑そうに、絡んできたやつらに冷たいまなざしを送るだけだ。それだけなのに相手はやけに怯んで、次第に俺が景色を撮影している間に喧嘩を売ってくるような輩は見事に減っていった。

その話を新羅にした時、あいつは少し考えるような顔をした。
うまい言葉を探すように、腕を組んで、小さく首を傾げて、こう言う。

「その時の君の目にはさ、確かにいつものように燃えたぎるような怒りはないかもしれない。けれど、ひどく冷静でひどく冷淡な憤りが顔に表れているだろうね」

なに言ってんのかわかんねえよ、と言えば、実は僕もよくわからない、と珍しく殊勝な答えが返ってくる。

「でもさ、ひとつだけ僕にもわかることがある」
「あ?」
「君はきっと、本当に写真を撮るのが好きなんだね」

ああ、そうか。俺が撮影中に安らぐのは、撮ることが好きだからなのか。

それを新羅から気づかされた翌日、俺は写真部に入部届を出した。
存続危機にあるくらい人数の少ない部であったが、先輩は撮影についてたくさんのことを知っていた。教えてもらったことは数えきれないほどある。知識が増えていくにつれて、パシャッと響く音が様になっているように聞こえて嬉しかったものだ。










折原臨也のことは知っていた。
新羅の知り合いであることも、どこかキナ臭いやつであることも、直接新羅から教えられた。

「本当はさ、」新羅は困ったように笑う。「臨也にね、静雄を紹介して欲しいって言われたんだ」
「は?」
「僕も個人的に君たちが知り合った時の反応に興味があったから、一時は会わせようとしたんだけど」

新羅は机の上に散らばる俺が撮った写真を掬い取る。

「あの頃からかな、君は写真を撮るようになった。それは何かのセラピーだったのかもしれない。君は以前より少し穏やかになった風に見えたんだ」
「……」
「だからさ、それをわざわざぶち壊すのはどうかと思ったんだ。一応、君は小学生だった頃から知っている仲だからね。それに比例して、君がどれだけ暴力に悩んでいたか、知っていたつもりだよ」

そういうわけで、俺は折原臨也と直接会ったことがない。
だから―――目の前にいる黒髪と赤目の男子生徒が折原臨也と知って、少し驚いた。
眉目秀麗。まさに女子生徒が夢に描くような、綺麗な容姿をした男子生徒だ。憂うような表情に、ひどく神聖な雰囲気がある。思わず、反射的にカメラを向けそうになる。

臨也は俺の視線に気づいたのか、落ち着いた様子でこっちに向かってきた。

「君、写真部のひと?」

まさか話しかけられるとは思わなかった。俺は小さく頷いて、どうにか動揺をやり過ごす。
臨也は「ふうん」と言って、まじまじとこちらを見てくる。その偉そうな性格と雰囲気は癪に触ったが、俺はまだあの憂慮の顔を忘れられていなかった。

撮りたい。

今まで、俺が撮るのは景色だけだった。人物を撮るなんて考えたこともない。でも、確かに臨也を撮りたかった。性格も笑い方も好きになれそうにない、と初対面から思うほど相性が悪いのに、だ。

「放課後、空いてないか?」

きょとんとした臨也は、すぐに新しい悪戯を思い付いた子供のように笑った。










パシャッと音が鳴る度に、臨也がネガに焼き付く。
ゆっくりと、焦らず、しかしシャッターチャンスは見逃さないように。

「シズちゃん、こんなのどう?」

俺にウインクをしてくる臨也に、一言「赤点」と呟く。酷いなあ、と言って屋上の壁に寄りかかる彼を見て、躊躇わずにシャッターを切った。

こいつは無意識の所作がたまらなく様になっている。
自然に髪をかきあげる手だとか、優雅に組まれる長い足だとか、時折、目が離せなくなることがあった。
レンズ越しに見る臨也。撮影の回数を重ねるごとに、少しずつ何かが変わっていくような気がしたが、俺は全てを無視して撮影を続ける。考えるのが億劫だったのか、単に怖かったのか、どちらかは自分でもわからなかった。

おもむろに懐から本を取り出した臨也。それを彼の長い指が踊るようにめくる。少し細められた瞳の赤さに目を奪われ、そよ風に舞う黒髪に鼓動が速くなる。俺は口を開かないし、臨也も喋らない。そんな意外と心地好い静寂は、ぱたんと本を閉じた音によって容易く遮られた。

「はあ、もう勘弁してよ……」
「え?」
「自覚なしなの? それはすこぶる厄介だね」

臨也はため息を吐いて、それから一歩一歩こちらに近づいてくる。その表情がやけに真面目で、俺は金縛りにあったかのようになにも言うことができない。
そうこうしているうちに、臨也は俺の目の前まで辿り着いてしまった。

「ねえ、シズちゃん」
「その呼び方は……」
「うん。じゃあ、『静雄』」

さっきまで本のページをめくっていたあの指が、俺の顔に触れる。そして、優しく俺の手からカメラを取り上げ、ズボンのポケットにするりと入れた。

抗議する暇もなかった。それは臨也が鮮やかに俺からカメラを取り上げたからではなく、彼の赤い瞳を直接見てしまったからだ。
いつもはフィルター越しにしか見ない臨也。彼が俺の眼球に焼き付けられる。視界の中に映る臨也は、とても艶やかに笑った。

「いつもいつも、フィルター越しにそんな熱い視線を送られたらたまんないよ。でもさ、どうせそんな熱烈な瞳で俺を見るなら、たまにはカメラを通さないで直接見てよ」

熱い視線? 熱烈な瞳?
それはまさに今のお前のことじゃないか。
鼓動がうるさい。これじゃあ、臨也に聞かれてしまう。

案の定、臨也はくすりと笑って、俺の胸に手をあてる。「すごいばくばくしてる。うぶたね、シズちゃん」 だから、シズちゃんはやめろと言っているのに。それを抗議しようとしたら、「ああ、ごめん。『静雄』だったね?」と耳元で囁かれた。

「お前、もうやめ、」
「ねーえ、シズちゃん。君の連日の熱烈な愛の視線に応えてあげたんだから、ご褒美くれない?」

愛? ……ああ、俺はどうしていつもこうなんだろう? 
写真のことも、今の状況も、誰かに指摘されるまで気づかない。

写真を撮ることで心が安らいだのは、それが好きな行為だったから。
つまり、俺がたまらなく臨也を撮りたいと思ったのは、

「俺は、お前が好きなのか」
「ソレは、ご褒美をくれるという了解?」

否定をしなかったら、絡み付くようなキスをされた。




ひそかに恋に落ちました










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