「君たち、すごい噂になってるよ」
「は?」

パックの牛乳を握りながら、静雄はその言葉に首をひねる。
やけににやついた新羅に声をかけられたと思ったら、これだ。わけがわからない。

「待て。何のことだ?」
「え、わからないの? 無自覚なの?」
「だから、何が」
「なるほど、噂はガゼか」

そうだと思った、と新羅は嘆息した。

「まさかね、門田君と君が付き合ってるわけないか」

その言葉を聞いて、はぁっ? と大声を出しそうになったが、なんとかそれをやり過ごす。あまり周りに注目されたくない内容の話だ。新羅もそれがわかっているのか、抑えた声で事の次第を語り出す。

「最近、君と門田君が二人っきりでいるのをよく見るという噂があってね、それの少し延長したものに、『二人は恋人なんだ』という憶測が飛び交っているわけさ」
「延長?」
「そう、つまり、行き過ぎた考えを持ってるひとたちの一部に、そう考えているひとがいるわけさ。みんながみんな、同じ見解じゃあない」
「そうか……」

良かった、と本当に安堵する静雄に、今度は新羅が首を捻る。何だか、ちょっとした違和感を感じた。
少し考えて、新羅は閃いたものをそのまま口にする。

「静雄はもしかして、そんな噂を流されても構わないと思ってるの?」
「まさか。何でそう思ったんだよ?」
「だって、いつもは静かな君だけど、こういう嫌疑をしかも相手は男でかけられたら、普通怒るかな、と」
「……俺は良いんだよ」

静雄は冷静な瞳を窓の外に向ける。こういう時の彼は、普段の激情の欠片もなく、ただ風の無い海の水面のように穏やかだ。
これこそ、彼の本質なのだろう。
ひとに紛れ、目立たず静かに暮らす。こうやって注目される日々は静雄には苦痛なだけかもしれない。

「俺は、たくさんの奴に勝手な憶測を数えきれないほど飛ばされている。だから、今更そんな正しくない噂が出ても、すぐに消える」
「まあね」
「けど、門田は違うだろ。あいつは変な噂がほとんどない奴だ。そういう奴に、こんな不名誉な噂は酷すぎる。あいつは何も悪くないのに」

きゅっと握りしめる拳は、わなわなと小さく震える。それを見て、新羅はふわりと笑った。

「ねぇ、静雄。本当は、少しだけでも門田君にそういう気持ちがあるんじゃないの?」

静雄はきょとんと新羅を見て、すぐに困ったような笑みを浮かべる。

「そんなの、無い。ただ俺は、あいつの傍にいると、何て言うんだろうな、疲れが取れるんだ」
「あはは、門田君はアロマか何かかな? 静雄にとっての癒しグッズなんだ」

物じゃねぇよ、と静雄は首を左右に振った。
そうして考え込む静雄を見て、あぁ、彼やセルティのように人間を超えた存在は何もしなくても独特のオーラがあるんだな、と新羅は思う。要するに、静雄が一心に考えている様子は、まるでひとつの絵画のように綺麗だった。

「そうだな……保護者みたいなものか?」
「保護者? お母さんってこと?」
「うーん、まあ、似たようなものかな?」

男子高校生相手にお母さんって……と思いはしたが、敢えて何も言わない。「似たようなもの」ということは、静雄にも明確な答えが出ていない証拠だ。無理に解答を出させるのも酷だろう。
そう、とりあえずは、

「静雄はさ、門田君の隣にいるだけで良いんだね」
「それ以上何か望むことなんかあるのか?」

それだけで十分だ。
関わり合いを避ける傾向にある静雄にとって、それは大切なワンステップ。
だから、教室の外で肩を落としている門田君。君は気落ちする必要は無いんだよ。
静雄が傍にいたい、と言ったんだ。こうして彼の気持ちを聞いてる分には、まだ望みはあるじゃないか。ただ、もうすこし辛抱は必要であるけれど。

新羅は、同じく人外に恋をし、なかなか実らない同志として、門田に声に出さないエールを贈った。




辛抱するひとたち





(あ、ドタチン。何でこんなところに突っ立ってるのさ?)
(臨也……、少し黙っていてくれないか)
(……マジで傷ついてる?)
(こんなに傷ついたのは、始めてかもしれないな……)






(タイトルが「門田の受難」に思えてきた続き。もう一回くらい続くと良いんだけど。)













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