決して高級ではないけれど、何故かひとを惹き付ける趣きのある店。その店先で、黒い猫を見た。
煌めく瞳は蜜のような金色。
無造作に放っているくねくねと曲がる髪は、けれどもきっと触れたらやわらかなのだろう。艶のあるそれに、思わず手が伸びた。

「お買い物かイ?」

声がした方を見れば、白髪赤目の男がにっこりと胡散臭い笑みを浮かべて立っていた。猫、いや、猫のような黒髪の青年は、男を嫌そうに見てから店の奥に入っていってしまう。
「相変わらず、愛想がないですネェ」と男は愉快そうに笑い、「まぁ、店先でもなんですカラ」と言って手招きをしてきた。店に入れ、ということなのだろう。

店内はそれほど明るくない。けれど不思議と怪しさはなく、無駄なものを省いた結果がこの暗がりのように思えた。整頓されて置かれたアンティークの皿やティーカップセットが商品なのだろうか? 店の奥にはひとつのテーブルセットがあり、清潔な白いテーブルクロスが目に眩しい。
男は良く言えば由緒のありそうな、悪く言えば古ぼけた椅子に座り、テーブルを挟んだもうひとつの椅子を勧めてきた。

「さて、君の名前を教えてくれるかイ?」

少しだけ躊躇った後、「オズです」と正直にファーストネームを告げた。
男は「ふうん」と呟いてから、くすくすと声を立てて笑う。嘲笑、というより、愉快で愉快でたまらないという調子だった。

「それで、とある名高い貴族の長子と同じ名前のオズ君は、こんな店に何の用なのかなァ」
「こんな店?」
「ふむ、やっぱり君はお客様じゃないのカ」

さすが噂通りの優等生なオズ坊っちゃんと同名の方だ、と男はからかうように言った。

「お客様じゃないのなら、お帰り。ここは君のような坊やが来るところではないからネ」
「何で? ここにあるポットやカップやソーサーは、子供には売ってくれないの?」
「それは商品ではありませんからネ」
「ここは、商品を飾らないの?」
「商品はきちんとしまって、大切に保管するに限りますカラ」

にっこりと隙のない笑みを浮かべる男に、オズは綺麗に笑い返した。

「そうだね。大切な商品が逃げ出しちゃったら大変だからね。なんせ―――ここの商品にはみんな足がついているんだから」











オズの笑顔と言葉を受けて、男は少し意外そうな顔をしてからすぐに楽しげな笑い声をあげた。

「久しぶりですヨ。私の読みが外れたのは」
「予想外だったのは、こんな世間知らずなお坊っちゃまに人身売買の事実を気づいたこと?」
「イエ、こんなお坊っちゃまが私の犯している罪を取り締まりにきたことですヨ。貴族は貴族らしく遊んで暮らしているものだと思っていましたからネェ」

男は肩を竦めて、店のすぐ入ったところにある階段を見る。おそらく、「商品」は二階にあるのだろう。
オズは首を横に振った。

「違うよ。俺はあんたを取り締まりに来たわけじゃない。確かに、俺のところにもここら辺で人身売買が行われているらしきことが伝わっていたけど、その事実はまだ確実性がないということで調べているやつらはいない。『所詮、人身売買だ』なんて言っている奴等すらいる」
「へぇ、じゃあ君は私を見逃すのかナ? 君のような正義感溢れる少年が」
「……ここにいるひとたちは、自分の意思でここにいるんだろう? 売られていく先も、その後の待遇も、ひどいどころかそこそこらしいじゃないか。今時の人身売買で奴隷として売られないなんて、そりゃ確実性がない噂だなんて言われるわけだ」
「お褒めいただき、光栄ですヨ。オズ坊っちゃん」

男は階上を見、赤い瞳を細めた。

「私はネェ、拾ったものを売っているんですヨ。前の主人に痛めつけられた、借金をかかえて首がまわらない、親を亡くして身寄りがない、とにかくもうどうしようもない。そんなひとたちは、生きていても辛いだけだから、死を選ぼうとする。けれど、私は無理矢理死ぬことをやめさせる。だって、勿体無いじゃないですカ。アンティークの茶器が長く使えるように、ほとんど新品なものを捨てるなんて、私には考えられない。私がしていることは、人道的なことではありません。ただ、せっかく拾ったがらくただ。大切に、あるいは、きちんと壊さぬように使ってくれるひとに売り渡すのが筋ってものでしょう」
「そう……」

オズはやれやれと肩を竦め、大きな独り言を言った。

「なるほどなるほど。ここは捨てられたアンティーク茶器を拾って、まだ使えそうなものをそれらを大切に使うであろう貴族に売る、ただのリサイクルショップなわけか。店主さんもひとが悪い。茶器たちを擬人化して語るものですから、人身売買をしているなどと噂が立つんですよ」

嘘つきはどちらか。男はため息を吐いてオズを見る。結局、彼がここに来たのは、この店を摘発するためだったのだ。純粋な少年のふりをして、結構油断にならない。
そんな男の苦虫をつぶしたような顔に、今度はオズの方が苦笑をした。

「いや、本当に、ここに来たのは偶然だよ。この辺りで人身売買が行われているとの噂はまるで幽霊みたいでさ、本当に信憑性がなかったんだよ。あんたと話しているうちに、ぴんときたけど。この界隈に俺が来たのも偶然で、そういえばこの辺りが例の噂の……ってぼんやり考えていただけなんだ」

でも、そうしたら、あの猫と出会ってしまった。
黒髪と金目をもった、無愛想な黒猫に。

「……ねえ、俺も買い物しても構わない?」

オズの目線は、黒猫が進んでいった方向に向いている。そこには小さなキッチンと、さらに奥へとつながる扉があった。あの扉を開いて、そうしてもう一度彼を見たい。
男はじっとオズを見、しばらくして「駄目です」と言った。

「それは、俺が子供だから?」

そうじゃない。違う。この少年の元ならば、何人でも商品を売ってやってもいい。彼ならば、大切に使いこなしてくれるはずだ。
けれど―――、

「あれは、商品じゃないんだ」

だから、お引き取りを。
オズは少し残念そうな顔をしてから、「手離すときは連絡して」と住所の書かれた紙を寄越してきた。

手離す予定は、未だ定まっていない。




(ご来店は未来ある若き貴族)










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