小さくて、情けない少年だった。
女の子みたいに可愛らしい顔はよく泣きそうになって、オズはそれをよくからかったものだ。
一緒に剣の稽古をしていた時も、彼はろくに素振りもできずにへばっていた。「貧弱だな、ギルは」と口では揶揄っていたけれど、オズは内心ほっとしていた。
彼は剣など持たなくていい。武器など彼には似合わない。もし彼に戦闘に対する稀有な才能があったら、間違いなくオズの護衛かなにかにされていただろう。
それはいけない。ギルバートはエイダに優しく絵本を読み聞かせていればいいのだ。ずっと、平和の世界の中で自分に笑いかけてくれればいい。









ガンッと一発鋭い音がする。そっと覗けば、黒い服を纏った長身が射撃の練習をしていた。

「…………」

一発も外れることなく的を貫く弾丸。銃を構えた腕はぴたりと静止している。照準を決して誤らない彼の射撃は、ひどく慣れたものだった。
ギルバートを探しにパンドラを歩き回っていたら、当の本人は射撃練習中。オズは聞こえないようにため息を吐いた。これが悪夢かなにかだったら良かったのに。
ギルバートに気づかれる前にそっと部屋を後にする。ぼんやりと歩いていたら、いつの間にか中庭に出ていたようだ。芝生を踏みながら、オズは今度は大きくため息を吐く。どうせ誰も聞いてないだろう。

「おやァ、オズ君。ため息かイ?」

会いたくなかった、特に今は。
オズはにっこりと笑顔を作る。どうせこんな偽物はブレイクには通用しないだろうが、そんなことどうでもいい。ただ、子供のように感情的になるのが嫌だった。

「そりゃあね。多感な年頃ですから、悩みのひとつやふたつもあるわけで」
「だからため息を?」
「そうだよ」

ブレイクはふーんと言って、にこりと笑う。
なんて嘘っぽい笑顔。自分もこの男も同じくらいひねくれていると思う。同類にされるのはかなり嫌だけれど、認めざるを得ない。そしてもっと認めたくないことは、自分とこの男の間の諸々の実力差。

「珍しいですねェ、今日は鴉と一緒じゃないんですか?」

だから、ブレイクがたとえ少しでもオズに皮肉げに話しかけたのを、彼はひどく驚いた。
ブレイクという人間はかなり頭の切れる人間で、滅多に激情に流されることがないだろうと、オズは会って間もないこの男のことを評していたのだ。ポーカーフェイスがうまく、自分の思惑を一ミリ足りとも漏らさない。真意を見せれば、それが弱味となりうるからだ。そのはずなのに、まさか、そんな悪意を持った眼でオズのことを見るなんて―――、

「おっと、私としたことガ」

先程の殺気に似た視線はいずこか、ブレイクはいつものようにひとの食えない笑みを顔に貼り付ける。

「すいませんネェ、どうやら最近老眼気味みたいでネ。よく見えなくて目を凝らしただけで、睨んだわけではありませんヨ?」

背中に流れる一筋の冷や汗。嘘つけ。オズはブレイクにそう罵ってやりたくなった。
けれども、その憎しみのような視線に、オズのブレイクへの好感度は下がらなかった。それどころか、以前より少し上がったかもしれない。恐怖を感じつつも、悪い気分ではない。
だってまさか、ブレイクにこんな人間っぽいところがあったとは夢にも思わなかった。

「……ギルは射撃練習をしてるよ」
「またデスカ」

呆れたように笑うブレイクの紅い目が、なんと穏やかなのだろう。よくよく見ないとわからないような微かな変化。けれど、オズはそういった所作を見出すことがとても巧みだった。

自分がいない間、ギルはきっと独りだったのだろう。けれど、彼のことを見守っていた人物はゼロではなかったということだ。
それ以上になにを望むのだろう? オズは立ち去るブレイクの後ろ姿を見てそっと思った。ギルを独りにしたのは自分で、それを見守り続けたのはブレイク。だから、武器を手にしてしまったギルや、ギルとブレイクが一緒に並んでいる様子がジグソーパズルのようにぴったりなことに、オズが文句を言う権利はないのである。





君に似合うもの


(黒い服と拳銃と、赤い目をした男)









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