*従者臨也×主人静雄 ふと窓の外を見れば、色鮮やかな薔薇がその蕾を開いていた。 綺麗に配置がなされた外庭の赤い薔薇。毎日決まった時間に庭師がやってきて、我が子を慈しむかのように手入れをする。それを見るのが静雄は好きだった。 だから静雄はよく窓から薔薇の庭園をながめているのだけれど、どうやら周りの人間は静雄が薔薇自体を気に入っていると思っているようだ。折に触れて、薔薇の話をされたり、薔薇の香りがするお茶を出されたりした。 薔薇は別に好きじゃないが、家人が静雄を喜ばせるために行ったことだと思うと、どうもそれを言い出すことができない。 薔薇は好きじゃない、むしろ嫌い。 特に赤い薔薇は大嫌い。 「静雄様」 ああ、もっと嫌いなものが来た。 うんざりとした静雄と反対に、きちんとした黒いスーツを着た秀麗な男はにこりと微笑んだ。 「三時からお約束があります。お着替えを」 「…………」 欠点がまるで見当たらないほど整った出で立ち。端正な顔に浮かぶ微笑がもう少し優しげならば完璧なのだが、従者の口許には皮肉げな笑みしかない。 静雄はため息を吐く。ああ、面倒だ。客に会うために堅苦しい正装を身に纏うことを考えると、自然と眉間にしわが寄った。 静雄は良家の子息だが、いつも庶民が着ているような少しラフな服を着ている。堅苦しい服が嫌いなわけではないが、その服を着ることによって支配者階級のように振る舞わなきゃいけないことが面倒なのだ。 有り余る財産や高過ぎる地位などいらない。少しの話せる友人と最低限な生活で構わなかった。お上品な世界は、静雄よりむしろ臨也の方が似合っている。 静雄はソファに寝転び、めんどくさそうに従者に返事をした。 「約束って、どうせ六条だろ。このままでいい」 「いけません、お着替えを。六条のご子息相手に、その格好は無礼にあたります」 「顔馴染みだからべつに……」 「それじゃあ俺がつまらない」 完璧な敬語を崩し、臨也はいたずらっぽく笑う。 そう、何故だかわからないが、臨也はどうも静雄に正装させることがお気に入りのようだった。何だか着せ替え人形にされているようで、静雄の方はそれが気に入らない。 臨也の言葉を無視して寝返りをうつ。もしかしたら、静雄が正装を渋る一番の理由は、臨也がそれを望むからかもしれない。 「ちょっと、シズちゃん」 「うっせぇ、シズちゃん言うな」 「仕方ない子だね」 はぁ、と小さくため息を吐いた臨也は、どんどん静雄の方に近寄っていく。 そしてソファの傍らにしゃがむと、横になる静雄の顔をじっと見つめた。 真剣な赤い瞳。 ああ、やめろ、見るな。苛々する。この男が少し真面目な顔をしているくらいで見とれてしまう自分に。 静雄はたまらず、臨也の目線を遮るように顔を背けた。すると、臨也は小さく舌打ちする。そして、静雄の身体に覆い被さった。 驚く静雄を無視して、臨也は静雄の両手首を掴んだ。文句を言おうとしたが、鼻が触れ合うくらいの近距離まで詰められて何も言えなくなる。密着している身体全体が熱い。少し不機嫌そうな臨也の顔は、ぞっとするほど美しかった。 「……ほんとにさ、なんなの? 昔っから君は、俺に対してだけいつも反抗的だったよね。他のひと相手には優しく微笑むくせに」 「いざ、や?」 「そんなに俺のこと嫌いかな? でも俺はっ―――」 臨也は何かを言いかけるが、思い直したように黙り込んだ。 「いや、いいや。そんなことはどうでもいい。とりあえず、ちゃんと着替えるんだよ? さもないと、」 お仕置きするからね。 そう言って離れていこうする臨也の腕を掴んでしまったのは何故だろう? 臨也は今まで見たことないほど驚いた顔をしていた。 「シズちゃん?」 「……嫌だ。着替えない」 静雄の声が震えているのは、きっと不機嫌な臨也が怖いから。なのに、何故臨也の言葉に従わないのか。自分のことであるの、静雄はちっともわからなかった。 「お仕置きされたいわけ、ないよね。意地になってるだけ?」 「……」 「もう、仕様がないな。いいよ、その格好で六条様のご子息に会って良いから。だからこの手を離して」 「嫌だ」 「嫌だ、って……それは何でかな?」 「知らねぇよ」 はぁ? と臨也は理解しがたそうに顔を歪める。静雄は握り締めた臨也の手首を引き、膝立ちになっていた彼の身体をこちらに引き寄せた。 途端に、よりはっきりと感じられる従者の少し低めだけれど暖かい体温。 「シズちゃん?」 「……もう少しだけでいいから」 何もかもがよくわからないけど、ひとつだけ確かなことがある。 静雄はこの控えめな暖かさに去ってほしくなかったのだ。 薔薇は嫌い。特に赤い薔薇は。 もっと嫌いなのは折原臨也。 では、お茶の時間に毎度のように出されるローズティを欠かさずのむのはどうしてか。嫌いだ嫌いだと言いながら、毎朝日課のように外庭の薔薇をを眺めるのは何故か。 使用人が静雄の為にしてくれることだから? それなら何故、使用人がこんなことをしてくれるのか。 答えは単純明快だ。嫌いだなんてのは口だけで、本当は嫌いなんかじゃない。そんな素直じゃない静雄のことを家の者たちは重々承知なのである。 薔薇は嫌いじゃない。 赤い薔薇は誰かを思い出すようで、静雄を落ち着かせなくする。 折原臨也は、その目を見たら最後、まるで他の者を考えられなくなってしまう。 自分が自分じゃないような、信じられない気持ち。 だから嫌い。折原臨也は大嫌い。 「……シズちゃん、離して」 「…………」 「離さなかったら、多分、ひどいことするよ?」 「したきゃすればいい」 静雄はそう言って臨也の背中に腕を回す。 その後すぐにぎゅっと抱き締められる感触と、どちらのものか判別つかないうるさい心音。 それはもう、ひとつの答えのようなものだった。 ひんやりと静かな朝、僅かに開いた窓からふんわりと薔薇の香りがする風が入ってくる。 それは、カーテンとふたりの髪を優しく揺らした。 わたしのお気に入り (薔薇を育てる庭師と甘いローズティと赤い薔薇の瞳を持つあなた) とあるサイトさんのイザシズ従者パロの素敵さに惹かれて、思わずイザシズ主従パロを書いてしまいましたが、 ……これは主従があまり関係ない内容な気がしてならない。てへ back |