生徒×先生パロ




「先生はなにか罪を自覚していますか?」

人気がない屋上にて、艶のある黒髪の生徒が隣の金髪に話しかける。
金髪の教師はネクタイを緩めて、煙草を口から取り去った。

「お前、クリスチャンかなにかか?」
「どちらかというと、プロテスタントの方が共感に値します。彼らは僕の観察にぴったりだ」
「……」

観察、観察、観察。そんなに観察が好きなら、平和的に朝顔の観察でもしていればいいのに。
今度、小学校低学年向けの観察日記を買ってきてやろうか。そんなことをぼんやり思いながら紫煙を燻らせていると、「そうじゃなくて」と生徒が笑う。

「宗教の話じゃありません。罪の話をしているんです」
「罪……」
「加えて言うなら、罪と罰の話です」

この小生意気な生徒なら、とうにドストエフスキーのそれを読んだのだろう。果たしてあれは学生が読んで愉快なものなのかはわからないが、つまりはあの本について語りたいのだろうか?
いや、おそらく違うな。
煙を吐きながら、青い空を見る。眩しさに目を細め、光を避けるように瞳を閉じた。

止まる呼吸、音のない世界。

ふと、近くで何かが動く気配を感じる。それを知らんぷりして煙草を吸うと、容易くそれを取り上げられた。
何のためかは、言うまでもない。
短い口づけの後、うっすら瞳を開いてみれば、至近距離に眉目秀麗な顔がある。男女問わずモテるこの生徒のことだ。この容姿を使ってたぶらかされた人間は、きっと片手じゃ足りない。

「なにを考えているんですか」

怒気を孕む声に、若いなと思った。
まだ完全に感情をコントロールしきれない。いくら彼が早熟だろうと、高校生は子供だ。

「どうせ、やなこと考えてたんでしょう?」
「お前がたぶらかした人数を概算していただけだ」
「ほら、やなことだ。キスの時くらい、俺のことだけ考えてよ」

お得意の敬語が崩れる様も微笑ましい。再び煙草に火をつけて、「善処する」と答えれば、彼は何故か不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「シズちゃんはさ、ずるいよね」

呟かれた声は、意外と大きい。
けれど、睨んでくる赤い目は少し悲しげにも見えた。

「多分さ、俺たちが今こうして話しているところを見ても、誰も不自然さを感じないんだ」
「そうかもな」
「この位置でこういう風に屋上のドアに背を向けて座れば、キスしても気づかれない」
「ああ」
「気づかれるべきものではないから、それは良いことなんだろうね。けど、じゃあ、俺たちはなんなの? 俺たちの関係は何?」
「……なにが言いたいんだ?」
「シズちゃんの罪状についてを」

大人びた少年は、やはりまだ少年なのだろう。彼の震える肩を見て、そう納得する。

「シズちゃんは曖昧さしか俺にくれない。初めて俺が君にキスした時を覚えている? 君はなにも言わずに、まさに流されたかのように俺を受け入れた。というか、明確な返事をしてくれなかった。君がしたのは、俺からの二回目のキスを拒まなかっただけ」

余裕そうな年上。始めはそれでも構わなかったし、むしろ闘志すら沸いた。この冷静な大人を自分のもとに落とせたら。そう考えるだけで、随分と胸が高まったものだ。
しかし、結果は散々だった。相手に自分を植え付けるどころか、自分がこの教師に夢中になってしまったのだ。
教師として普通に接してくる彼。他の生徒の前で、彼に思わせ振りな態度を取ってからかっても、数多くいる中のひとりの生徒としての対応をされた。
焦れてこちらから少し距離を置こうとすれば、廊下ですれ違う時に小さく囁かれる。

「馬鹿。みんなの前でからかうなよ」

少し甘い響きを持ったその言葉に、どうしようもなく胸が高鳴った。
けれど聞きようによれば、その言葉すらも、教師から生徒への言葉にとれるのだ。そうやって、何もかも曖昧に濁されてしまう。

なんの痕跡も残してくれない彼。
それでも自分に期待を持たせる彼。
自分に不特定多数の恋人がいると匂わせても、全く平然としたままな彼。

自分だけが深みに沈んでいく。いつの間にか、彼がいない生活が想像できなくなっていた。
それなのに、溺れているのが自分だけという状況にひどく苛々する。
なんて悪い大人だ。なんて罪深きひとだ。けれどそれでも―――臨也はこの男が好きだった。









くくく、と小さく押さえた笑い声。ああ、もう、俺はからかわれるのは嫌いなのに。

「……笑わないで下さい」
「悪い、いや、でも」
「謝罪をするか言い訳するか、どっちかにしろよ」

大抵のひとが怖がるような低い声を出しても、教師は笑うのをやめない。それどころか、ひどく優しい目をこちらに向けてきた。
綺麗な琥珀の瞳。ああ、駄目だ、もう俺はこの瞳以外を愛することはできない。こんな素敵なものを、初めての恋で見てしまったのだから。

「なあ、俺はお前が言っているほど、余裕なんてないんだよ」
「……嘘つけ」
「本当だ。だから、少なくとも大人である俺が主導権を握っても構わないだろう? こっちは思春期の変わりやすい恋心と付き合っているのだから」
「シズちゃんはなんにもわかっていない」

臨也は静雄を睨み付ける。それは憎悪に似た視線だった。

「俺の世界は、既に君のせいで狂ってしまったんだ。君のいない俺の世界は存在しない。君がいなければ、俺は呼吸もできない」
「……お前だって、わかっていないよ」

それは臨也のように激情に任せた言葉ではない。けれどもその声色は妙に悲しげで、臨也は思わず黙り込んだ。
静雄は少しだけ悲しそうに笑い、愛しげな手つきで臨也の頬に触れる。

「俺だって、とっくの昔にお前しか考えられなくなった。この歳でみっともない。せめてお前くらいの年頃なら、若さゆえの過ちだと割り切ることもできるのに」

ああ、そうやってまた、彼は俺を落とす。
どこまでも、どこまでも、まるで底がない沼の中へ。

「俺は年上で、大人だ。プライドだってあるから、少しくらい余裕ぶりたい。けど、覚えておいてくれ。俺だって、お前に落とされたんだ。お前に、夢中なんだよ」

琥珀色の瞳の中にわずかに浮かぶ情欲の色。
それにつられて、臨也は静雄の身体をその場に押し倒した。

「……謝らないよ。止める気もない。欲しそうな顔をして俺を煽ったのは先生だから」
「残念だけど、俺も拒絶してやれない」

だって、欲しいのは事実だ。

静雄は驚きで目を見開いた臨也に、「見つかったら一緒に反省文書こうな」と言って笑った。





罪と罰について
(罪深き罰せられるべきなのは、なにもひとりだけじゃない)




拍手連載で先生×生徒を書いているので、その逆を。
拍手連載の折原先生はなかなか余裕げなので、折原君の方は少し余裕なさげにしてみました。





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