マロンクリームのロールケーキ、かぼちゃのタルト、紅茶のスフレに林檎のムース。

「…………」

いつもの無愛想で綺麗な顔をわずかに紅潮させて、バーテン服を着た女がケーキを頬張る。
身長は高いし、髪の毛はボーイッシュに短い。にもかかわらず、目の前の彼女は幻覚の花が見えるほどかわいらしかった。
くそう、と叫びたい気持ちを巧妙に隠して臨也はコーヒーを啜る。ちくしょう、ああもうかわいすぎる。

「シズちゃん、おいしい?」

そう尋ねれば、静雄は滅多にしない満面の笑みを顔に浮かべ言う。

「おいしい」

その言葉を聞けただけで、臨也はこの甘ったるい空気に我慢ができる。
しかし、まったく、ケーキバイキングとは恐ろしいものだ。視界の端にちらちら映る大量のケーキや、気持ち悪くなるほどの甘いにおい。臨也はコーヒーしか口にしていないが、この香りだけで胸焼けしてしまいそうだった。
だが、それは我慢できる。臨也は別に甘いものがすごく嫌いなわけでもないし、何より静雄が幸せなら喜んでこの状況を享受しよう。
けれど……臨也は視界の端に映る、もうひとつのものに深くため息を吐いた。

ケーキバイキングを行っている店内なのに、そこには女性ばかりじゃなく結構男もいる。スイーツ男子だか、臨也のような恋人のお伴だか知らないが、そいつらがじっと凝視している先はひとりの女。
言わずもがな、スイートポテトを食べて微笑みを浮かべている静雄だった。

静雄は池袋では有名人だ。だから、臨也は今日のデートに新宿のケーキ屋を選んだのだが、有名人じゃないからこその裏目が出た。
静雄は池袋では恐れられているから、あまりじろじろと見てくる連中はいない。けれど、そこまで知られていない新宿は違う。店内にいる男たちは、喧嘩人形としての彼女を知らないから遠慮なく不躾な視線を送ってくる。

静雄は黙っていると、物静かで少々冷たい雰囲気がある弟にそっくりな美人だ。その少し近寄りがたい雰囲気は、しかしケーキによって非常にかわいらしくなってしまっている。臨也がそう悶えるくらいだからか、周りの男たちの目にも相当魅力的に映るようで、自分たちの恋人やケーキをそっちのけで静雄を盗み見てきた。
臨也は静雄を見る。白い肌とほんのり紅い唇のコントラストがたまらない。長い睫毛も、その中にある色素の薄い瞳も、全部全部が綺麗だ。あの華奢な身体を抱き締めると、ふわりとシャンプーの香りがする。キスをした後の潤んだ瞳を思うと、くらりと目眩がした。

「臨也?」

臨也に見つめられていたせいか、静雄は不思議そうに彼を見る。その口許にはチョコレートケーキのクリームがついていた。

かわいい、と臨也は小さく呟く。かわいい、静雄はとても。根は優しくて素直だし、行動のひとつひとつが愛しくてたまらない。
だから、静雄のことをあまり見ないで欲しい。見たら、わかってしまう。彼女がどれほど素敵な女性か。
静雄はとても無防備だから、臨也はいつも心配になる。いつか誰かに盗られてしまうのではないかと。
そんなこと、冗談じゃない。

臨也は椅子から立ち上がり、向かい側に座る静雄に近づいた。半ば机に乗り上がる形で行儀が悪いが、全く気にしない。
静雄の細い顎に手を添えると、彼女はきょとんとこちらを見てきた。
その顔に微笑みかけ、臨也は静雄の顔に近寄り―――、

「なっ」

口許についたクリームをぺろりと舐めるやいなや、静雄は面白いくらいに顔を紅潮させた。そして、面白いくらい周りの男たちがどんよりとうなだれる。
本当に馬鹿なやつらだな、まさか静雄が手に入るとでも思っていたわけではあるまいし。臨也は鼻で笑う。

「い、臨也!」
「怒らないでよ。美味しそうなクリームがついてたから舐めただけじゃない」
「馬鹿。口で言え。それと、」

静雄はチョコレートケーキを小さく切り分け、さくりとフォークで突き刺す。そして、顔を真っ赤にしたまま、そのフォークを臨也の口許まで持ってきた。

「……これは?」
「さ、察しろよ! ……せっかく食べるなら、もっと食べた方がいいと思うし、このケーキおすすめだからっ」
「もしかして、あーんしてくれるの?」
「わかってるなら聞くな!」

ああもう、本当に君ってひとは。
臨也は緩みそうな顔をどうにか正し、ゆっくりとチョコレートケーキを口に含む。周りのやつらに当て付けるように、静雄の右手首を優しく掴みながら。

「おいしいか?」
「甘くてしょうがないよ」








それはきっと、君のせいで。

(だけどこの甘さは、大好物です)



ケーキバイキングの話+domiさんのリクエストで書いてみました。




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