最近シズちゃんが色気づいてきた。
色付きのリップを唇に塗り、短かった髪を切らずに伸ばし始めている。それだけ、と言えばそれまでなんだろうけれど、それはかなりの変化だ。シズちゃん自身も、そして周りの反応としても。
今までシズちゃんを女の子と思っていなかった奴らは、こぞってシズちゃんを意識する。まあ、なかなか可愛らしい顔立ちをしているから、それも無理はないだろう。口紅一本で態度が変わる男も男だが、それほどまでに化けるシズちゃんもシズちゃんだ。女の子ってほんと怖い。
で、つまり俺が言いたいことは、これはシズちゃんの責任であるということだ。放課後のシズちゃんと俺しかいない教室で、俺がシズちゃんを抱き締めているのは、彼女の口紅と唇のせいだ。
もしそうじゃなかったとしたら、他に一体どんな理由があるというのか?
呆然と固まるシズちゃんの背中に手を回しながら、俺は彼女の肩に頭を預ける。唇の色香にやられたわけではなかったら、どうして俺はこんな行動をとっているのか。
答えが出ないのをいいことに、俺は微かに漂う甘い匂いを堪能する。香水をつけたのではなく、清潔で花のようなシャンプーの香りは本当にどうしようもない。思わず抱き締める力が強くなってしまうのも否めないよね。

「い、臨也?」
「静かにしてて」

耳元で囁けば、真っ赤になってコクコク頷く。シズちゃんの心拍数やばいな。動揺してるところ、いつもと違ってすごくかわいい。

「ねぇ、シズちゃん。だれか好きなひとでもできた?」

びくんと面白いくらい身体が揺れる。恐る恐る見上げてくるシズちゃんは、どこか期待しているような色を瞳に宿す。

「それってさ、もしかして」

俺はにこりと微笑んだ。

「ドタチン?」
「…………は?」

先程までの甘い空気はいずこか、シズちゃんは間の抜けた声を出す。

「違うの? ドタチンって、結構シズちゃんを女の子扱いするじゃん。それにやられちゃったのかなって、思ったんだけど」
「なっ」
「ほら、その髪だって。ドタチンに伸ばすのを勧められたんじゃないの?」

俺の腕の中のシズちゃんは、さっきと違う意味で震えている。それは「怒り」だ。

「……せ」
「ん?」
「はなせはなせはなせぇ!」

シズちゃんの鉄拳を華麗に避け、俺は彼女を解放した。
最高にキレているシズちゃんは、俺をギロリと睨み、机をひとつ投げてくる。

「こわっ。ひどーい、シズちゃん」
「おっまえは…………ほんと」

シズちゃんはわなわなと身体を震わし、呪うような声を絞り出す。

「自分が言った言葉くらい、覚えてろよなっ!」

そう言って、教室から出ていってしまった。







残された俺は、倒れた机を見て、ため息を吐く。

「忘れてなんかないよ」

「シズちゃん、せっかく綺麗な金髪なんだから、伸ばしてみれば?」
「きっと、君にとても似合うと思うんだけどなー」


真っ赤な顔をしたシズちゃんは、確かにあの時から髪を切っていない。それは、ちらりと授業中に彼女からの視線を感じ始めた頃だ。
本当は全部全部知っている。シズちゃんが髪の毛を伸ばし始めた理由も、綺麗に手入れされた爪も、香るような色つきリップも、あの殺意とは違う熱い視線のわけも。
だって、それは全部俺が仕向けたもの。初めてシズちゃんと会った時、彼女に一目惚れした俺が誘導したものだ。
シズちゃんを落とすために、俺が幾夜、徹夜で作戦を練っていたか。
愛していると言いたいのを我慢して、何度反対の言葉を口にしたか。
俺がひとりの為にここまでするなんて、数ヶ月前は全く信じられなかっただろう。だが、現状はこれだ。ならばせめて、本当に欲しいと思ったものを手に入れないと。

「そして、そこまで俺を夢中にさせたシズちゃんも、同じ思いを味わわなきゃ、ね」

好き、と言いたいのに、言えない思い。
わかってくれたかな?
わかってくれたなら、そろそろ屋上で泣いている寂しがり屋なお姫様を迎えに行って、


今までの嘘の、種明かしをしてあげなきゃ



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