!ホスト臨也とバーテンダー静雄


 彼をはじめて目にしたとき、臨也は新入りのホストが入ったのかと早合点したものだ。
 すらりとした長身、整った顔立ち、派手な金髪と相反していっそ不機嫌そうに見える無愛想な表情は、きっと客のこころの琴線に触れるだろう。誰にも愛想がいいわけではない彼からの笑顔は、たった一瞬だけでもすさまじい価値として機能するに違いない。なかなかいい新人を見つけてきたものだな、とオーナーに感心したのが彼をはじめて見たときの感想だった。

 しかし、予想に反して彼は客の相手をせず、ひたすらカウンターで酒を作っていた。厨房の手が足りない時は簡単な調理の手伝いをしていたし、店の掃除をしているところを見たこともある。そんな下働きをせずとも、うその笑顔を浮かべて酒を飲んでいれば楽に金を稼ぐことができるだろうに。少なくとも、彼の器量ならばそれが可能だろうと思えた。
 だから、ホストではなくバーテンダーという職業を選んだ彼を変わり者だなと思っていた。どちらにせよ夜の仕事であることには違いがないのだ。それならばより自分が利益を得られる職を求めれば良いのに。その時点で彼に対して臨也が抱いた印象はその程度だった。

 だから、今驚いている。
 朴訥とした表情しか見せない彼の、思いのほか色っぽい微笑に戸惑っている。
 くらりと揺れる頭と朦朧とした思考はテーブルの上にあるアルコール度数の高い酒のせいだろう。コップに注がれた飴色の液体はまだ半分も残っていた。

「折原さん、飲まないんですか」

 いつもは素っ気ないだけの声がいじわるにゆがむ。くすりと笑む口許にやけくそで微笑を返してやった。
 酒を飲もうと誘ったのは臨也の方からだった。あまり話したことがなかった、辛うじて彼の名前が平和島静雄であると知っていただけの関係性だったけれど、臨也は静雄が作る酒の味が気に入っていたし、仕事終わりの少しくたびれた表情に興味をそそられたのもその一因である。きれいに着飾った女たちよりも、ストイックな彼の少し乱れた表情の方がうつくしいと思った。今日の客があまり臨也に強い酒を飲ませなかったから、飲み足りないなと感じていたところだったのだ。だから、あまりしゃべらない青年と静かに酒を飲むのも一興かと思い声をかけた。
 静雄はあまりためらうことなくその誘いに乗ってきた。それについて、臨也は深く考えることをしなかった。なぜなら、店において臨也の方が先輩であり身分も上である。加えて、別に臨也は静雄に無理難題を突き付けているわけではないのだ。むしろ、まだ店に来て日も浅い静雄が臨也の酒の誘いを断る方があり得ないように思える。
 それがこのザマだ。決して酒に弱くない臨也をこれほど酔わせるのだ、静雄は酒の飲み方が驚くほど巧みであった。もしくは底なしの酒豪なのか、彼はいまだ顔色ひとつ変えていない。侮っていた、その一言につきる。
 静雄が新たな酒瓶をあけた。それを自分のグラスに注ぎ、ゆっくりと嚥下する。イマイチだな、と眉をひそめる相貌がやけにあでやかに目に映った。

「折原さん、もう飲まないんですか? せっかく折原さんと酒をのめるってのに」

 臨也が限界だとわかっているのに聞いてくる、まったくタチの悪い男だ。少し腹を立てた臨也の顔を見ても、静雄は怯むことはない。それどころか店にいるときでさえ使ったことがない薄っぺらい作り笑いを口許にたたえている。

「酒を飲まないかって誘われたときはびっくりしましたよ、折原さんとはさほど接点がなかったので、てっきりあんたは俺のことを知らないのかと」
「確かに、こんなにタチの悪い男だってことは知らなかったねえ……」
「それ、あんたが言うんすね」
「どういう意味かな?」

 わかってるくせに、と言わんばかりにこちらを見つめてくる静雄に、臨也は平静を保ちながら頭を素早く回転させる。臨也はまだ、静雄には手を出していない。他人のホストの客を秘密裏に操ったり、しつけのなっていない裏方の人間に軽くお灸を据えてやったりと、臨也は店のほとんどの人間を支配下に置いている。だが、この黙々と仕事をこなすだけの新入りに何か危害を加える必要性を臨也は感じなかったし、そもそも何か手を下すほどの時間を静雄はくれやしなかった。弱みを握る前に弱みを握られる。これほどの屈辱は久方ぶりだった。
 もはや偽りの微笑みすらもかたどらなくなった臨也に、静雄は輝く色をしたシャンパンを注いでやる。しゅわしゅわと泡がはかなく消えていく。それを見つめる静雄の瞳が濡れるようにゆれた。

「俺はあんたが嫌いみたいなんすよね」

 唐突な告白は、けれどすとんと臨也の胸の内に落ちた。こんな仕打ち、嫌われていない方がおかしい。そうなると問題はなぜ嫌われているかという一点に尽きる。
 その答えは考える間もなく静雄が教えてくれた。

「あんたが笑っていると胸の奥から吐き気がする」
「それは……ずいぶんとひどい話だね」
「うそつきの笑顔のくせに」

 作り笑いはサービスだ。それで女が喜ぶのなら、うそつきな笑顔でも構わないだろう。そう反論しようとしたが、静雄の顔を見て臨也はすぐに口をつぐんだ。なんて顔をしているのだろう。深い憎悪、嫌悪、まるで因縁深い敵を前にしているかのように静雄の強い瞳は臨也をねめつける。
 そして、優男然とした雰囲気を打破するように、ひどく獰猛にほほえんだ。

「だからいつか、その顔が悔しさにゆがむところが見てみたかったんだよ」

 新入りに酒で潰され、やりこめられる。そんなシチュエーションで臨也が感じた感情は屈辱ではなかった。それどころか歓喜にも似た興味がむくむくと胸の内を支配する。
 だってあの猛獣みたいな笑顔。ただの真面目でおとなしいだけの青年だと思っていた彼の、燃えたぎる炎のような一面。思わず、のどを鳴らした。
 ふと目に入るグラスを掴み、なみなみに注がれたアルコールを一気に飲み干す。のどが熱い。静雄のきょとんとした瞳に、臨也は本日はじめての心からの笑みを浮かべた。

「まったく、それが先輩に対する態度なのかな」

 とけるように熱い頭でこう思う。ああ、君の理不尽な気持ちが今よくわかった。俺にも理解できた。
 確かに衝動的につぶしたくなる、壊したくなる、悔しさにゆがむ顔が見たくなる。
 空になったグラスにたっぷりと酒を注ぎ、臨也はひどく愉快そうに笑った。

「静雄君、飲まないの?」



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