特別家事が嫌いなわけではない。ひとり暮らしもそろそろ板についてきたころだし、面倒と思わないくらいに生活の一部に根付いてしまった。簡単な食事を作ったり、週末に掃除機をかけたり、そういった雑事はいっそ無感情にこなすことができる。ただし、洗濯だけは別だった。
 コインランドリーでじっと待っている時間。ぼーっと過ごすには少し長く、やけに退屈に感じるのはなぜなのか。なかなか終わらない作業工程に苛立つが、いきり立つほど耐えがたいわけではない。その中途半端さがいやなのかもしれないな、と俺は今日もぐるぐると回る洗濯機を見つめながらぼんやり思う。
 ガコンガコンとうるさい単調な音だけが、このせまい空間を支配する。その秩序を乱すような声を最近になってよく聞くようになった。

「しーずーおー!」

 ぴきりと浮き立つ青筋。もはやそれは条件反射に近い。
 はあ、と溜息を吐いて見れば、そこには予想通りの男がいた。
 大学生だという六条という男は、いつも垢抜けた洒落たかっこうをしている。甘い香りはつけている香水か、時折漂う雰囲気は自分より年下のガキだとは思えないくらい大人びていた。

「偶然だな、静雄も洗濯か?」
「見りゃわかんだろ。ていうか、その偶然ってやつは嘘だろ?」
「ああバレてたか。あからさますぎたかな」

 初めて六条とコインランドリーで会った日を境に、彼とは頻繁に鉢合わせるようになった。見たところどうやら頭の切れる男のようだ、すぐに俺の行動パターンを把握してそれに合わせて洗濯に来るようになったらしい。別に会ったからといってなにか害を与えられるわけでもないから、わざわざコインランドリーに来る日をずらすつもりはなかった。
 しかし、意図的に害されているわけではないけれど、どうにも困った状況に陥ってはいる。

「静雄は今日も変わらず素っ気ない服装だよな。まあ似合ってるけど」
「……お前も相変わらず口がよく回る男だな」
「好きな子の利点は口にしたくなるもんだろ?」

 邪気なくにへらと笑う六条に、俺は返す言葉が見つからない。溜息すら吐きたくなった。多分自分は今、この年下の男に口説かれているのだろう。こう何度も同じことを繰り返されていればさすがに疑いはなくなってくる。軽い調子で、けれども真摯に囁く声色を聞いていると、ああこいつはモテそうだ、とさして色恋に詳しくない俺でもよくわかった。それならば、もっと他に口説く相手がいるだろうに。
 そう思うけれど、言わない。なんだか言ってしまうのは少しもったいないような気がした。そんな戯言を聞くのは洗濯をしている間だけ。なら、ちょっとだけその声を聞いていたって誰も咎めやしないだろう。穏やかに紡がれる、優しい言葉を。

「ねえ、この後暇なら飯行かない?」
「行かねえ」
「いいじゃんかよ。どうせ今日はこの後予定ないんだろ? そのかっこうじゃ」
「余計なお世話だ。学生は帰って勉強してろ」

 耳心地よい言葉は容易く心に注ぎ込まれる。コインランドリーを出たらきっとこの心地よさは破られてしまうのだ。コインランドリーで会う他人という称号はここでしか通用しない。
 受け取るのは六条の愛のおこぼれだけでいい。これほど優しい男のすべてがほしいだなんて更々思っていないから、俺はいつも六条よりも先にここから立ち去る。顔を合わせるのはこの場所だけで十分だ。
 六条は不満そうな顔をして、ぐるぐる回る洗濯機を睨みながらちぇっと舌打ちをする。「また今日も断られた」と眉を下げるが、彼の顔はまだ笑んだままだ。口許に微笑みを乗せて、諦めないからなと彼は告げてきた。
 ひやりと背筋が冷たくなる。

「飽きねえやつだな」

 口から出せたのはそれが精いっぱいの言葉だった。飽きない男、いつまでも諦めない姿勢。それはうっとうしいと同時に少しこわい。いつまでも追いかけてきてくれるそのしつこい優しさは、残酷なほどに魅力的だった。
 ピーと洗濯終了のブザーが鳴る。俺は持ってきたカゴの中に洗濯物をたたんでいれた。やわらかい石鹸の香りが鼻孔をかすめ、しめった衣服が手のひらをしっとりと濡らす。ほてった手のひらには、その温度がひどく冷たい。
 コインランドリーに来る行動パターンなんて、実は以前までなかった。俺はそんなに緻密にスケジュールを組み立てる方ではない。洗濯物がたまったら、面倒だけどコインランドリーに行く。そんな適当さに、おおまかとしたものなら別にしても、きっちりとしたパターンなんて生まれるわけがなかった。
 何故コインランドリーに行く曜日や時間帯をそろえ出したのか。めんどくさがって後回しにしていた洗濯を、定期的にするようになったのはどうしてか。
 答えはよくわからない。けれど、ひとつだけ言えることがある。
 六条と過ごすこの短い時間は、確かに退屈ではなかった。






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