!長編「終わりまでの数え歌」の続編ですが、准教授折原先生×大学生平和島君という予備知識があれば大丈夫かと。
紫苑さんに捧げます。




 思えば、この恋が実ってからもう一年が過ぎようとしている。先生と生徒、叶うはずがないと思っていた気持ちに終止符を打ったあの卒業式の日には、一年後こうして折原臨也の家でくつろぐことになろうとは欠片にも思わなかった。先生と生徒、その関係は今もなお続いているというのに。

「シズちゃん」

 ぼんやりとソファに寄りかかるように座っていると、臨也がコーヒーカップをふたつ手にしてキッチンから戻ってきた。香るコーヒーのにおい。それは臨也のカップからのもので、静雄のカップの中にはチョコレート色のココアがたっぷりと注がれている。それにちょっとだけムッとした。

「なんでココアなんですか」
「だってシズちゃん、コーヒーよりココアの方が好きでしょう?」
「……そうだけど」

 反論はできない。けれど、コーヒーが良いと言っているのだからその通りに持ってくればいいものの、臨也はこういった細かいところでまだまだ静雄を子供扱いする。たんと甘やかして、静雄が一番好きなものを静雄自身より把握してそれを与えて。それがちょっとだけ、いや実はかなり不満だ。
 だが、この一年を通して静雄もようやくわかってきた。これが彼なりの愛し方なのだ。甘えてほしい、そんな大人のずるいわがままを叶えてやる。それくらいの譲歩ができなかったらそれこそ本当にお子様だ。
 これは成長したということなのだろうか、むしろ、変わったという言葉の方がぴったりかもれない。
 臨也は戯れに静雄のことを「シズちゃん」だなんてふざけたあだ名で呼ぶようになったし、静雄は気を抜いて臨也に対する口調がちょっと乱暴になった。そんな緊張感の欠片もない応酬こそが慣れなのかもしれない。片思いの時期、付き合ったばかりの頃、それらと比べると、心情的に落ち着いた穏やかな時を今過ごしているのだろう。
 少しだけ熱が冷め、当初は見えなかった相手の欠点が見え始める、今はちょうどそんな頃合い。

「ねえ、なにを考えているの?」

 たとえば、少し前まではこの言葉をそのままの意味でしか捉えていなかった。だが、今ならわかる。これはつまり、「他のことを考えるな」という意思表示なのだ。
 呆れてしまう。あれだけ余裕なひとに見えたのに、このひともちょっと嫉妬深い普通の男だ。紳士のような物腰も穏やかな笑顔も、全て外面でしかなかったわけだ。ちょっとした詐欺だな、と静雄は思う。

「あんたがどんなにめんどくさい男かって考えてたんですよ」

 そう言葉を返すと、臨也は「ひどいなあ」と言いつつも満更でもないように笑った。少し不機嫌になっても、こうやって工夫して切り返してやると意外と簡単に機嫌が直る。そんな単純なところも最近になって知った。
 臨也は静雄からカップを取り上げ、ソファの前のローテーブルの上に置く。それから静雄の手首をしっかりと掴み、もう片方の手を静雄の手とゆるくからめた。
 睫毛の数までしっかりと見える至近距離に、さすがに少し鼓動がうるさくなる。

「でもさ、考え事はひとりの時にしてよ。今は俺の相手をしてくれないかな」
「わがままですね。さっきまで仕事にかまけて、俺のこと放っておいたくせに」
「謝るから、許して? ねえ、なんでもするからさ」

 全く、なんでこんな駄目な大人に絆されてしまったのだろう。静雄はわざと大きく舌打ちをしてから、自分の方から触れるだけのキスをする。こんな短い触れ合いに、目の前にいる年上の恋人はどうしようもなく嬉しそうな顔をするから、拗ねて苛立っていた気持ちなんてすぐに萎んでしまった。
 
 臨也と出会った頃の、高校生活最後の一年を迎えていた頃の自分は知らない。折原臨也という男が思ったよりも完璧な大人ではない、むしろ少しばかり子供みたいな大人であるということを。わけのわからないところでやきもちを焼いたり、飄々と余裕を装っておきながら意外と寂しがりだったり、そんな一面を露ほども知らず、ただただ一途に恋をしていた。
今の臨也を幻滅だとか期待外れという言葉で表すことは可能だ。けれど、彼の駄目なところを「しょうがないな」と受け入れるたびに生じる甘い陶酔。ああ、もしかしたら、これもまた恋なのかもしれない。
 それは穏やかに、けれども確実にこの胸をむしばんでゆくのだ。いつまでもいつまでも、終わりはまだ遠くにも見えない。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -