!長編「終わりまでの数え歌」の続編ですが、准教授折原先生×大学生平和島君という予備知識があれば大丈夫かと。
べにこさんに捧げます。




 試験まであと一週間。そんな時期、静雄は毎日図書館に通い詰めていた。
 独り暮らしをするためにと、近頃バイトの量を増やしたのがいけなかったのだろう。勉強に手を回す時間が少なくなったためか、今回の試験にはどうにも余裕がない。成績が落ちれば、独り暮らしどころの話じゃなくなってしまう。
 それに最近気づいたことだが、どうも自分の恋人は学業に関して厳しいらしい。完璧な微笑みを浮かべたまま口から毒を吐く、折原臨也はそういう男なのだ。
 彼に怒られるのは怖いだけでなく、同時に腹が立つ。常日頃から恋人に子供扱いばかりされているので、静雄は彼の先生面があまり好きではない。「手のかかる子供」というレッテルをはやく引き剥がしてもらいたいと思っていた。

 パラパラと分厚い参考図書をめくりながら、最後に会ったのはいつだったか、とぼんやり考える。
 「会ったらきっと勉強に集中できないでしょ」とさらっと言われたのは臨也と最後に会った日のことだ。試験が終わるまで会わない、それは正しい選択だったと思う。ペンを手にするよりも、本をめくるよりも、文章を理解するよりも、断然臨也は魅力的なのだから。
 甘い夢想はもう少しだけお預けだ。あと少し、溺れる前にやらなければならないことがある。静雄は邪念を払って、手許の本に目を走らせる。
 ああ、そうだ。臨也に最後に会ったのはこの本を読み始めたころだ。もうラストスパートまで迫った参考図書を見て、なんだか随分時が経ってしまったような気がした。それがなんだか少し寂しさを催したけれど、静雄は慌ててその感情を頭から追い払った。
 ここまできたらもう意地である。音をあげて臨也にひとめだけでも会いに行ったら、彼は絶対にあの嫌な笑顔を浮かべるに違いない。「我慢できなかった?」といつものようにからかうような調子を声に乗せて。
 こんな時まで、臨也の余裕はちっとも崩れない。それが、少し悔しかった。

 日が沈むにつれて、図書室が夕陽に染まる。日が落ちる前になんとか区切りをつけてしまおう、と静雄は思い、少し早いペースで本のページを捲る。そして最後のページを捲った時、本の中からぱらりと小さな紙片が机に落ちた。
 見覚えのある字。初めて見たのは彼の本を借りた時だったか。几帳面に整った短い言葉に、思わず時間を忘れた。

「愛しているよ」

 いつ、入れたのだろう。最後に会ったとき、この本を読む前、それは確か臨也に「勉強に集中するために、少し会わないでおこうか」と淡々と言われた前後。
 馬鹿じゃないのか。こんな学生みたいなラブレターを寄越してきて。子供と付き合う気がないと言ったのはあんたじゃないか。
 静雄の顔が夕陽で赤く染まる。冬の夜はすぐに暗くなってしまうと言うけれど、もう少しだけ日が落ちないでいてくれないだろうか。暗くなったら、熱を持った頬を隠すことができない。
 本当に馬鹿だ。あんなに固く決めたのに。我慢できなかったの、とからかわれるのが嫌だったのに。けれど、教材を鞄に詰めて、小さなラブレターを手のひらにぎゅっと握りしめて、足が向かう先はずるい大人が待っているであろう彼の研究室。余裕な顔をして、そのくせこんな遠まわしな方法でしか静雄を呼べない困った大人がそこにいる。
 全く、文句のひとつやふたつを言うくらいじゃ収まりがつかない。あのお綺麗な顔を痕がつくまできつくつねってやろう。静雄はそんなことを思いながら、口許に笑みを浮かべる。ああ、でもやっぱり最初にかけるのはこの言葉が一番相応しい。

 扉を開けて、目の前で余裕ぶった笑みを浮かべている臨也ににっこりと微笑みかけて、こう言うのだ。

「先生。我慢、できなかったんですか?」




小さなラブレター






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