*派生は臨也が作ったアンドロイド的な存在 *機械はチョコ食わねえよというつっこみはなしの方向で *津軽と六臂は一番古くて一番長い付き合いという設定 「六臂君、甘いものきらいなんですか?」 尋ねた相手は本当に尋ねたかった相手ではない。今月島が相対しているのは彼と一番親しいように見える、和服が良く似合った涼しげな青年だ。 「嫌いってわけじゃねえらしいけど、好きではないみたいだな」 淡い青の瞳は穏やかな波の色に似ている。寡黙で、煙管を携えるその手がびっくりするほど様になっていた。自分と同じ顔なのに、こうまでも月島は津軽と違う。どれだけ大目に見ても、月島に津軽のようなクールなかっこよさは欠片もない。まさに月とすっぽんだ。 「お前はなに考えてんのか顔を見るとすぐにわかるやつだな」 「え?」 「お前はお前、俺は俺だ。俺は、内気なくせに六臂に話しかけようと頑張るお前が結構好きだ」 そう告げる津軽の口許から、うっすらと青い煙が静かに吐き出される。わずかに細められた津軽の瞳があまりにも優しいので、月島は少しだけ泣きそうになった。彼には、こうやって本意を打ち明けることができる。 それに対して、六臂相手だと月島は挨拶するだけで精一杯だった。怜悧な横顔に冷淡な雰囲気の彼は、おそろしく近づきがたく、けれども同時に魅力的だ。はじめて彼に会った瞬間、月島はそんな六臂に焦がれるような想いを抱いた。月島の顔を見て、ちょっと呆れたように「臨也、また新しいの作ったの?」と苦笑する六臂の顔を、今でもふと思い出しては何度もなぞるように反芻する。 そんな月島を見て、津軽は少しだけ困ったような顔をする。この少しぼーっとしがちな後輩にバレンタインだなんて大衆イベントの知識を教えたのは誰なのだか。こんなに奮闘している月島を見たら、もう彼を止めることができない。津軽は月島に見つからぬように深くため息を吐いた。 長い付き合いだから津軽は知っている。あいにくだが、月島が慕っているあの冷めた男は、バレンタインなどと言う娯楽的なイベントに全く興味がないのだった。 バレンタインにチョコレートを贈るのは、なにも愛を告げるためだけではないらしい。友人や世話になっているひとに贈るのも、またひとつの楽しみ方なのだと月島は臨也から聞いた。 「だからさ、君も尊敬している六臂に贈ってみれば?」 口許に笑みをたたえた臨也にそう勧められてから数日が経った。バレンタインはもう今日だ。月島の手元にはきちんと包装されたチョコレートがあった。 六臂が甘いものが苦手ならば、チョコレートは避けるべきだったかもしれない。事実、調べてみて知ったことだが、バレンタインにはチョコレートじゃないお菓子や、食べ物ではなく物品を贈ることもあるらしい。けれど、バレンタインにチョコレートを贈るという行為に月島は特別な感覚を抱いた。他の日ではなく今日だけ意味を持つチョコレート。それはなんだかとってもロマンチックだ。 なにはともあれ用意は整った。後はこれを渡すだけ。月島は怖気づく自分の足を鼓舞して、いつも六臂がこもりきりの彼の自室のドアをノックした。 返事はない。恐る恐るドアノブを掴むと、鍵はかかっていなかった。悪いとは思いながらもゆっくりとドアを開けてみると、机に向かって作業をしている六臂の背中が視界に映った。 「臨也、なにか用?」 こちらを見ずにかけられた言葉にうまく返事ができない。返答がないことを訝しく思ったのか、しばらくしないうちに六臂はこっちを向いた。 「なんだ、月島だったのか」 「あ、えっと、作業中ですよね」 「うん。でも、休憩しようと思っていたところ」 六臂は本が積み重なっている椅子から本を退かし、「座る?」と短く尋ねてきた。 月島はなんとか頷く。こんなに会話が成立したのははじめてのことだったので、事前に考えていた六臂との会話のシミュレーションを忘れてしまった。けれど、沈黙は長くは続かなかった。 「君がここに来るなんて珍しいね」 落ち着いた調子のその声を聞いて、月島はハッとした。そうだ、今日ここに来たのは目的があってのことではないか。緊張に僅かに震える手で、六臂に赤い包装紙に包まれたチョコレートを差し出す。 軽く首をかしげる六臂に、月島はしどろもどろになりながらこう言った。 「その、いつも六臂君にはお世話になっているので、これよかったら」 「……ああ、そうか今日は」 六臂は静かな声でそう呟いてから、チョコレートを受けとる。そして、立ち上がって、デスクの隣にあるコーヒーメーカーのスイッチを入れた。 「これを貰うほど、俺は君の世話をしていない気がするんだけど」 「そ、そんなことないです。俺が臨也さんの仕事の手伝いをするときに、六臂君いつも地図作ってくれるし、あ、あの地図じゃないと、俺、迷っちゃうんです」 「……そう」 月島に相槌を打ったその声は少し不満そうに聞こえた。それを不思議に思っていると、六臂はコーヒーメーカーからコーヒーを二杯分淹れて、片方を月島に手渡してきた。 暖かい湯気に月島の眼鏡が曇ったとき、六臂が少しだけ笑ったような気がした。顔は見えなかったけれど、ふわりと優しい雰囲気をこの身に感じた。 「君のくれたコレのお返しと言ってはなんだけど、またこの部屋においで」 コーヒーくらいなら出してあげるから。 その言葉に信じられないくらい胸が弾んで、ふわふわと暖かな気持ちになる。幸せ、とはこういう感覚のことを言うのだろうか? あまりに嬉しかったので、月島は苦手なブラックコーヒーを頑張って口に運んだ。 口の中に広がる苦みなんて、いくらでも我慢できる。そんなやせ我慢が出来るこの感情がきっと恋なのだ。舌に感じる苦みは、どうしてか離し難かった。 同期の部屋を訪れると、室内から重厚なコーヒーの香りが漂ってきた。 コーヒーメーカーの中には多量のコーヒーがある。こんなに飲んだら胃に悪そうだ。津軽はアンドロイドらしくないことを考えながら、何気なく六臂を見る。そして、驚いた。 「今日は千客万来だな。なんか用か?」 「お前、それ、」 「チョコレートだ。食うか?」 赤い箱に詰まったガナッシュのひとつを、六臂は津軽の手のひらの上に乗せた。食べてみると、甘すぎず苦すぎず、津軽の口には美味しく感じる。だが、年中濃いブラックコーヒーを飲んでばかりいる六臂の口には、おそらく――――、 「甘いな」 「……勘弁してやってくれ。あいつなりに甘さを控えたつもりなんだ」 「なるほど、月島は甘党なのか」 じゃあ、近いうちに角砂糖とミルクを買いに行かないとな。 津軽は六臂が呟いたその言葉の意味するところはわからなかったが、同期の顔がちょっと嬉しそうだったから深くは追求をしなかった。 「まさかお前がチョコレートなんて受け取るとは。受け取ったとしても、食べるとは思わなかったよ」 「なんでそう思ったんだ?」 「甘いものにもバレンタインにも興味がないくせに、よく言う」 「ああ」 六臂はどうでもよさそうな顔をして、月島に貰ったチョコレートをひとつ摘む。 「チョコレートもバレンタインもどうでもいいよ。でも、そんなことは関係ないじゃないか」 月島がくれたんだから。 淡々と告げる六臂に、津軽は口に広がるチョコレートの味がやけに甘く感じた。思わず、脱力してしまいそうになる。結局、自分の懸念は全くの不必要だったのだ。 津軽がそう思うくらい、クールな男の言葉もまた、月島のチョコレートのように甘かった。 back |