ちょうど三時きっかり。それを腕時計を見て確認し、月島は古い洋館の簡素なインターホンを二回ほど鳴らした。
壊れているのか、相変わらず音は鳴らない。けれど、毎回月島は必ずインターホンを押す。それが彼に会う前の儀式のようなものだから。

「すいませーん」

しんとした洋館には不釣り合いな自分の声に苦笑していると、微かな足音の後に、彼が玄関の扉を開けてくれる。極めて冷静沈着な顔に、少しだけぎこちない笑みを浮かべて。

「……やあ」
「こんにちは、六臂さん。お届けものです」
「あ、うん、臨也から聞いている」

六臂は静かな声でそう呟く。彼の声はなんだか背筋がぞくりとするくらい涼やかだ。改めて、彼の非凡さをよく理解した。
端麗な容姿と静かな雰囲気は彼に特別な存在感を纏わせる。近隣に住む人々は、この洋館の持ち主に興味津々らしい。幾度もここへ足を運ぶ月島に、それとなく主について尋ねてくることもしばしばだ。

「月島君」

折原臨也からの届け物の茶封筒を手渡すと、いつものように六臂が月島の名前を呼ぶ。それを少しくすぐったく思いつつも、月島は次に続く言葉を知らないふりして、今日もまた「なんですか?」と問い返した。

「紅茶を一杯、飲んでいかない?」

答えはもちろんいつもと同じ。









彼が住む洋館には不思議な時間が流れている。それは彼が普通のひととは違う生活をしているからかもしれない。仕事も食事も読書も、彼は決まった時間に行わないようだ。
だから、以前月島は尋ねたことがある。もし今度は訪れたとき、あなたが寝ていたら荷物を郵便受けに投函しておこうか、と。
すると、六臂はその冷静な瞳にわずかな焦燥を浮かべた。そして「三時は、いつも起きているから」とぽつりと口にした。
そういうわけで、月島は以後、三時に六臂の家に配達をしている。その度に紅茶を二杯とお菓子を少々いただいて、今度は六臂から折原臨也への届け物を預かって、また一週間したら荷物を届けにいく。そんな変わることのない単調な職務が、最近のちょっとした楽しみだった。

「アールグレイでいい?」
「あ、いつもありがとうございます」

そう言ってふわりと笑みを浮かべると、六臂はうつむいて、「別に」と言う。そんなところまでいつもと同じで、月島はそれを結構気に入っていた。無愛想な顔を少し困ったふうに変える彼はちょっと可愛らしい。そんなことを言ったら、彼は怒るだろうか? 多分、また困った顔をするのだろう。
香りのいい紅茶を少し冷ましてから口に含める。身体中に広がる温かな幸福に頬を緩めれば、六臂は安心するように目尻を少しだけ下げた。月島は彼のそんな顔に、心中でこっそり惚れ惚れする。

二杯目の紅茶を飲み干すと、月島はカップをソーサーに置いた。これで今週のお楽しみもおしまい。それを悔やんでいるのは、どうやら六臂も同じのようだ。孤独を好むはずの彼の瞳はゆらりと寂しげに揺れる。
月島は六臂から受け取った荷物をショルダーバッグに入れて、ぺこりと軽く会釈をした。

「じゃあ、また」

あっさりと告げた別れの挨拶に、六臂は黙って頷く。それを確認して、月島はひとり玄関へと向かった。今日もまたいつもと変わらずこれで終わりなのだろう、そう思うと少しだけ落胆を感じる。だが、月島の予想とは異なり、玄関の重厚な扉を開けると、「ねえっ!」とやけに焦ったような声が耳に届いた。
月島は口許を緩める。いつもと違う、一歩進んだアクションだ。

「これくらいの量の仕事なら、一週間もかからない。それに、情報屋という仕事の性質上、迅速な処理は重要だ。だから―――、」
「はい。じゃあ、次はもっと早くに、一週間経たないうちに、あなたに会いにいきますね」

六臂の方を振り向いてそう言えば、彼はまた黙って頷く。今度はさっきとは違って、ひどく嬉しそうに。
そんな顔をされたら、毎日でも彼に会いにいきたくなる。けれど、そんなことは思っても口には出さない。だって、この状況はあまりにも甘美だから。
ひどいやつだと言われるかもしれないが、月島は人見知りな六臂のぎこちなく、懸命なアプローチをとても気に入っているのだ。月島と少しでも長く一緒にいようと紅茶を淹れ、また早く会いたいがために仕事の能率を上げようとする。そんな素敵なアプローチを彼にされて、喜ばないはずがない。

月島は六臂の屋敷を後にして、最寄り駅まで舗装されていない道を歩く。そして思う。あのひとは知らない。自分がいかに彼の独特な雰囲気に興味を持ち、魅了されているかを。人嫌いだという彼には、そもそも相手の気持ちを読むという概念がないのかもしれない。要約すると、彼はひどく鈍い。
だって、彼は知らないのだ。六臂が月島の笑顔に喜びを感じるように、月島も彼のぎこちない微笑みに心を奪われているということを。きっと、自分の一方的な片想いだと思っているに違いない。
それならば、もうしばらくはこの切なく、それでいて甘い状態を楽しんでもいいだろうか。それをじっくりと堪能するまで、月島は六臂との関係を進めずにこのままでいたい。
何故って、そんなの簡単だ。彼が目の前でぎこちなく笑うだけでもうっとりするのに、これ以上彼と深い関係になるだなんて想像しただけで陶酔してしまう。それはもう、おかしくなってしまうくらいに。

ああ、結局どっちもどっちなのだ。六臂の気持ちに気づいておきながらもなにもしようとしない月島も月島だが、これほど月島が想っているのにもかかわらず一向に気づかない六臂も、また悪い。




停滞する恋情





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