暗闇に染まる室内から新宿の夜景が見える。いつも見慣れたその様子は、けれどもじっくり見てみると思ったよりもずっと綺麗だ。もう当たり前になりつつあったその光景を、臨也は実はあまりよく知っていなかったのかもしれない。
表面だけを見て、さも本質を理解したような気になる。そんな傲慢さを臨也は静雄に対して持っていたのだ。だから、あんな予想もしえない状態に陥った。まさか静雄が攻撃をしてくるわけがないと、浅ましいほどに高を括って。
今でも思い返せば、聞き慣れたはずの声が様変わりしてこう囁いてくる。
「お前、俺のことが好きだろ?」と。

「ほんと、これだからシズちゃんは」

ぽつりと口にする言葉は、掠れて頼りなく響いた。デスクの椅子に脱力した体を預けて、臨也は節電の影響で少し控えめなビルの輝きを緩慢に見る。

静雄の攻撃は大雑把すぎて、多くは臨也に当たらない。ひょいと軽い身のこなしで避けることができる。それなのに、静雄は時々予想もしない方法で臨也に確実にダメージを与えてくるのだ。それも、決して軽くはない、ずしんと脳髄を震わすような衝撃を。
全く、少しは手加減をしてほしい。臨也は静雄のような規格外ではないのだから、彼の攻撃に耐えられるわけがないのだ。

ぼんやりと僅かに明るい室内で、臨也は光源であるパソコンにちらりと目を走らせる。右下に記された時刻は「23:55」。今日があと5分しかないことを記していた。そう、あと5分すれば、もう8月20日になる。静雄と酒を飲むはずの週末の金曜日はもうおしまいだ。

散々悩んだ。新羅が言うように週末に酒を飲むとのルールを作ったのは臨也だ。それなのに臨也がそれを破るのか、と少し呆れたように言った新羅の言葉が耳に痛い。
だが、臨也は静雄と会うつもりはない。あんな醜態を曝した後になんでもない顔をして会えるほどプライドをかなぐり捨ててはいない。
それに、臨也はもう静雄と「友達」ではないのだ。静雄と最後に会った先週の今日、捨て台詞のように呟いた言葉で臨也はその関係を無理矢理終わらせた。
だから、もう会う必要はないはずだ。臨也はそう考えて新羅の助言を忘れようとした。が、何故だか彼の言葉は頭の中にこびりついてなかなか消えない。
「君はこのゲームに負けてしまうよ?」と新羅は言った。しかし、なにが「負ける」なのだろう?
馬鹿馬鹿しい。第一、静雄にこれ以上一体なにができるというのだろうか。こうやって臨也がしっかり鍵がかかった自身のテリトリーにいる限り、あの男にできることはなにもないはずだ。

臨也は口許を緩ませ、小さく笑い声を立てる。静かな室内に響く自分のその声を聞きながら、なんだ、結局終わってしまったのか、と呆然としたような感覚に陥る。天敵にも戻れず、友達という関係も失敗に終わった自分達に、果たしてどのような関係が築けるというのか。
残っているのは、きっと、無関心だけだ。
つまり、臨也がどれほど足掻こうと結局はそこに終着してしまうのだ。彼からの関心が欲しくて、わざと強い憎しみを引き起こすような行動を起こしたり、友情だなんて全く自分らしくない可能性にすがったりしたが、最終的に臨也と静雄は互いに関わることなく生きていくしかないのだろう。
天敵関係はいつしか戦うことに疲れ、友達関係はやがて綻びが出てくる。これ以上、静雄と眼差しが交差する関係は築けないのだ。
それにショックを受けたとしても、もう臨也に出来ることはなにもない。そもそも、静雄といびつな関係を築くきっかけは、自分のどうしようもなく歪んだ静雄への執着にあるのだから。互いに求め合い、穏やかに語らう関係の可能性を捨てたのは、他でもない臨也である。
それを後悔をしていないと言うのは、あまりにも滑稽すぎて馬鹿馬鹿しい。後悔なんて、今まで幾度としてきたことか。

カチリ、カチリ、と時計が時を刻む音が聞こえる。それはすなわち、静雄との本当の別れまでのカウント。時は無情に、止まることなく過ぎていく。ただの人間でしかない自分には、それを止める術はないのだ。だから、8月19日は何のためらいもなく終わりを告げた。

時刻が「00:03」に変わってすぐ、突然静寂を破るような破壊音が臨也の耳に届く。びくりと体を震わせた臨也は、けれどもその音に驚いたわけではない。誰かさんのせいで、コンクリートを破壊するような騒音に、臨也はもう慣れきっていた。だから、驚いたのは―――その騒音が起こることを期待していた諦めの悪い自分にだ。

「ああ、クソ、近所迷惑じゃねえか。こんな夜中にこんなうるさくして」

インターフォンも鳴らさず、勝手にドアを破壊したのは君じゃないか。その言葉は口から出てこなかった。ただひたすら臨也の頭の中には、新羅に言われた「負ける」という言葉がぐるぐる回る。
「まあ、悪いのは手前だしよ」と悪態吐きながら、静雄は玄関から土足で入ってきた。すらりとした長身といつもの格好。加えて、久しぶりに見る、彼の激しく、好戦的な瞳。
色素の薄いその瞳は、まるでなにかを揶揄するようにすっと細められた。


「ルール違反だな。臨也君?」


なるほど、確かにこれじゃあ俺の「負け」だね。むかつくくらい、君の言った通りだ。
臨也は舌打ちをして、旧友の助言に対して心の中で吐き捨てた。






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