この道化のような男と口をきくようになってしばらく経つが、ギルバートは未だ彼のことが掴めないでいる。自身はふわふわと掴み所がないくせに、驚くほど他人の核心を突くのが上手い。彼はギルバートが触れられたくないと思っていることをあっさりと指摘し、それを無遠慮に暴く。
 少年時代、ギルバートにとって彼は悪魔でしかなかった。恐ろしく、腹立たしく、自分の敬愛する主人とは違って闇の香りがする男。今思えば、闇だなんてナイトレイに馴染みきった自分にこそ似合う言葉だが、まだ全てにおいて甘ったるかったあの頃の自分にとってはブレイクこそが闇だった。  だが、同時に彼は自分の道標でもあった。あの男の方へ行けば、自分はオズを助けうる力を得るだろう。ある意味、ブレイクの背中を追いかけてここまで来たのだとも言える。
 けれど、もう主人は帰ってきた。ギルバートの目的はもう達成されたのだ。
 チェインを手にして、パンドラにおいての地位も確立し、主人を取り戻した今、それでもあの男との縁が切れないのはなぜなのだろう。
 本当はわかっている。いつのまにか、利用関係からはみだした感情を持ち始めていたということを。オズだけを助けたいと願う盲目的な自分はどこかへ行ってしまったのだ。

 それが許されることかはわからない。けれど、もしこの手が届く範囲であるのなら、オズを喪わずに済む犠牲を払うことを惜しむことは無い。この心境の変化は、馴れ合いというにはあまりにもわがままな―――ひどくできそこないな慕情に似ていた。









 初めてその少年を見て、彼の主人への忠誠心を知った時、ブレイクは「使える」と思った。
 利用関係というのは、互いに利益が生じるものならば口約束ほど脆くはない。それに、オズ=ベザリウスを盲信しているこの少年ならば、その主人の救助を餌にちらつかせれば、きっと良い駒に育つだろう。
 実際、ギルバートはよく育った。一番の懸案だった鴉との契約を済ませたのだから、及第点をあげてもいいくらいだ。本人は、きっと喜ばないだろうけれど。

 彼が主人を救出した後のことを考えなかったわけではない。ギルバートの目的が達成された、その後の事を。
 おそらく、すぐに縁は切れないと思っていた。ギルバートの主人は戻ってきてすぐ平穏な生活を送れず、必然とパンドラに深く関わることになる。
 だからまだブレイクはギルバートを「利用」できるし、ギルバートもまたブレイクを「利用」するだろう。
 では、どちらかの、あるいは両者の利用価値がなくなったら? 全てが終わってしまった後になにが残るのか。
 なにも残らずともよかったはずだ。けれど、あの死を予感した日、あの言葉がいつまでも耳の奥に残っている。ただまっすぐなだけのあの言葉は、打算だらけの巧みな口述よりも、はるかに堪えた。

「オレはこの馬鹿の左目だ!」

 この先ブレイクの望みが叶ったとして、果たしてこの身が持つかはわからない。刻印の影響もあり、そう遠くない未来に尽きる命だ。この運命から逃れようと足掻くつもりはない。
 ただ、死ぬ間際に自分の空っぽな、けれど空虚ではない左目がすでになかったら、もしかしたらブレイクはなにもない左目から一筋の涙を流すかもしれない。ぼんやりと、そう思った。



いのちが尽きるその時まで









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